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お伽噺

いきなりですが、よしながふみ『大奥』の玉栄のイメージでw




孤児であった。
見窄らしい襤褸をまとい、虱だらけの頭で、物乞いなどをして命をつなぐ日々、この世に頼るもの一つ無く河原をさまよい歩いていたところ拾われた。

その人と出会ったときのことはよく覚えている。
見上げた眼差しの上にあったのは少年の顔。年の頃は自分より三つ、四つ上であろう。
僧衣を着ていたが、すぐにやんごとなき家の子息であるとわかった。

この世にはこういう人もいるのだ、と思った。
ほほえみかけられ、つい目を伏せた。
胸が痛み、だがそれは幸福という感情に近いのかもしれなかった。

足下の石ころを見つめてぼうっとしていたら、白い手がすいと伸びる気配。
汚れで芥と絡まり固まった俺の髪をそっと撫でる指の優しさに、河原に来てから初めて、泣いた。



俺を拾ってくださった若様は貧乏公家の三男で、その頃は既に寺に預けられ学問三昧の日々だった。
若様にお仕えしながら、寺の稚児となり雑用を手伝った。
食事の支度や掃除をしたりしながら、読み書きも教えてもらった。



そのうち、寺の僧達の夜伽を勤めることもあるようになった。
数えで、12にはなっていただろうか?

僧達は方法を知っていたが、ときにはひどく辛かった。
早く終わることだけを念じて、ただぼんやりと天井の染みを見つめていた。
そういうとき、俺は思ったものだった。


僧達には恩がある。

他に差し出すもののない非力な兎は、燃えさかる火へと自らをくべて仏陀のための贄となった。

俺には確かに、他に与えるものがない。


ざらざらとしたひげのそり跡を胸に押しつけられ、老臭をかぎ、重みに窒息しそうになりながら、とりあえず納得していた。







14のとき、若様を追って得度し僧形となった。

僧形となったとたん、少し自由になった。
失った黒髪の分、確実に何かが軽くなった。
僧達も来なくなった。
もともと人目を引く容貌でもなく、色など黒く、ただ童子姿が僧達の劣情をそそっていただけなのだから、当然であった。


それでもしばらくは、夜半によく目が覚めたものだった。

足音を聞いた気がして、目を開けると誰もいない。
目をつぶる。うとうととして、固く閉ざされているはずのまぶたの裏にくっきりと明るく外の景色が見えてくるような感じがして、起きているのか眠っているのかわからなくなる。
そして、ざわざわと聞こえてくる。声、のようなものが遠くから。
坊、いくつや。
かわいい子やな、耳元で囁く声、首筋に湿った息を感じた気がして、はっと目を開ける。

寝汗をびっしょりとかいていて、遠くの空に月が傾いている。

(誰もおらん。)
(…物の怪でも、おるんやろか。)

また一人、天井を見つめる。


そんな幽霊話もあったっけなあ、とぼんやり思い出す。
自分が相手をした僧の内、すでに鬼籍に入っている者の顔が一人、二人と浮かぶ。

(おっても不思議はないな。)
(色に迷うて、御仏のもとにもいかれん哀れなお坊様が。)


恩に応えたつもりが、地獄に突き落としたか。


また目を閉じて、今度は遠い日の河原が浮かんだ。
泥まみれだった自分。

死に別れた両親の顔は遠くにかすんで、もう、思い出せない。



只、あの日頭に置かれた手の温かさだけを覚えている。

——若様の。


恩愛。
それは一生の負債。
返すことも能わず、生涯この身に負い続ける。
叶わぬ想い。

ここにこうして、一介の僧として在る限り。









だが、何という運命の皮肉だろう。
全てが変わった。
俺は還俗し、江戸にいる。

有功様と共に秘密を知り、最早京には戻れぬ。
二度とこの先、生きてあの場所の土を踏むこと叶わぬ身となった。
真の主を失った江戸の城へ、借り腹の君が種となるべく集められた男達と共に、幽閉されて一生を過ごすであろう。



恩ある人々が目の前に殺され、親しんだ人々から引き離された。身なりが代わり住処が代わった。


変わらぬのはただ一つ。
あのお方の側近くに在るということ。


それこそが残された唯一の道。
そして、

この上なき、僥倖。


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