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フェット・ド・ラ・ミュジーク

6月のパリ、終わらない夜。
今日は街中が活気づいていた。
風が微かに音楽を孕み、もう9時だというのに明るい空は陽光の名残をいつまでも残している。

「君は運がいいよ。シンジくん。今日はfête de la musiqueなんだ。」
「フェ…?」
「フェット・ド・ラ・ミュジーク。音楽祭…とでも訳すのかな。パリ中…いや、フランス全土のあちこちでコンサートをやっているんだよ。」

ふうん、といってシンジは、寝台の側に敷かれたマットの上に座り込んだまま視線を斜め下に落とした。すっきりとした目元の下に、時差の疲れが陰を落としている。日本からの飛行機で昨日着いたばかりだ。一日経ったとはいえ、彼の体内時計ではもう明け方。必死で眠気と戦っているのが一目瞭然だった。


「少し、散歩でもしてみないかい?」
「…そうだね。」

疲れているシンジを街中連れ回す気はなかった。眠気覚まし程度の気晴らしになれば、と思っただけだ。
二人で今滞在中の学生寮のある区画を抜け、カフェの立ち並ぶ大通りをそぞろ歩く。そのうちにカヲルが心地のいいボーカルとギター演奏をする小グループのいるオープンカフェを選び、ここにしばらく居座ろうと言った。





華やいだ祝祭の夜の空気が心地よい温さでまとわりつく。
オープンテラスの席、少し向き合うような角度で横に並んで座った。

踊るような身のこなしのウエイターがカヲルにキール・ロワイヤルを、飲む気のまるでないシンジにリモナードを運んでくる。
それぞれ共に暮れなずむ空を見上げて音楽に聴き入れば、しばし二人無言になった。


歌が間奏に切り替わったときのことだ。

「…それで?」

「え?」

カフェに向かい合って座りながら、ふと意地悪い気持になって口を開いたのはカヲルの方だった。


「どうして突然、パリに来たりしたんだい?夏休みにはまだ早いのに。」


「……。」


「彼女とうまくいかないから僕のところに来るってわけか。」


拍手の音が聞こえた。ボーカルがパリ訛りのフランス語でギター、サックスと紹介を始める声に、少し離れたところから流れてくる別の音楽や、客達のさざめきが混じる。
控えめな音でカヲルも拍手をし、だけど、言った。

「随分、都合がいいんだな。」

傍らのシンジを見れば、黙ってうつむいたまま動かない。

だけど、カヲルがグラスをテーブルに置いた途端、視線をあげた。


「…そうだよ。」

そう言い放ったシンジの表情に、息をのんだのはカヲルの方だった。
少し自棄になったような、でも決然とした意志の光が眼差しに宿っている。
夜に飲み込まれ行く街の灯りでもそれとわかる、微かに紅潮した頬に緊張を漲らせた彼を、カヲルは不意に美しいと思った。

無言のカヲルを視界に捉えたまま、シンジは静かに右手を伸ばす。カヲルは魅入られたように動けない。

「君は彼女の代わりだ。」

青年とはいえどこか華奢なシンジの手が、目の前に伸びてきて、テーブルに置かれた自分の腕に重なる。

「だって、君が約束したんだろう。——何が悪いの?」

自分より一回り小さい、だけどその骨張った指の確かさにどきりとしてカヲルは一瞬視線を反らす。



だが、彼だって負けてはいない。

「…そうだね。」

気を取り直したようにシンジの眼差しを正面から捉え直し、悠然と微笑むのだ。

「僕はそんな君を、待っていたよ。」

かすかな躊躇いを取り払い、重なった手に指を絡めて少し力を込めれば後はもう、どうにでもなる。
そのままふいと身を寄せたかと思えば、気の赴くままシンジに軽いキスを仕掛けるのも彼の役目だ。
ここはいわゆるゲイタウンじゃないけど、パリだ。構いやしない。



唇が離れたとき、シンジが身をすくめて身体を離し、でも小さい声でつぶやいた。

「…ありがとう。」


音楽が、また始まった。


END


【あとがき】
貞カヲぽい台詞を使い(性格は別人だけど)、どうやら弱冠虐げられているらしいが、でもなんだか負けてないというか、グッジョブな感じのカヲルを描きたかった(笑
あと、夏のお気楽観光ムード感を出したかった…
趣味入りまくりですんません。
妄想設定的には、
「カヲルはドイツ国籍(というよりEU市民籍)を利用してフランスの大学に交換留学かなんかに来てる。」
「シンジは日本でやはり大学(ひょっとして音楽系?)に入っていて彼女がいるが、何だか煮詰まっている。」
あたりでw

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