忍者ブログ

職務遂行

職務遂行


昔々、父さまが寝物語に読んでくれた本を思い出す。

それは、ある軍人の日記だった。
100年くらい前、まだパドキアが王制だったころの話だ。
彼は王の命令で、ある植民地の統治に関わった。
そのときの現地での職務を描き綴ったものがその日記だったのだ。

でも、僕は、どうして父さまがその本をお好きなのかまるでわからなかった。
そのくらい、つまらない書物だった。
なぜなら彼の日記を埋めていたのは、ただひたすら彼の一日の軍人としての行動の記述---朝8時に川を下ったとか、野営地点は南緯32度東経12度の地点であったとか、そういう細かな事実の羅列でしかなかったからだ。

僕がそれを言うと、父さまは笑った。

---お前にはまだ、難しいかもしれないな。

でもそう言いながら、或る箇所を僕に指し示したのだった。

「1877年 7月4日。快晴。総督の命によりワニス川上流の村、ニワンに到着。再度の催促にも必要量の鉱石を調達できないと判明。村を焼いた。抵抗した村人が数名密林に逃走。」

「同年 7月6日。逃走したニワン村人をニワンより5キロ北東6度に進んだ村にて捕獲、射殺。彼らをかくまった村人に攻撃されたので村を殲滅。」

「同年 7月7日。兵士による銃弾の無駄な使用が無かったかを調べるため、死者数を数えることにした。いつも通り、死者の右手首を切り取り持ってくるように命じた。集められた手の総数は827。集計を補佐官と共に二度行い誤りが無いかを確認。作業終了後、川から100メートルほど内陸の泥炭地に手を埋めた。死体の残りは特に処理せず。」

その後数ページにわたって、同じような記述が淡々と続いていた。

僕はといえば、ますますわからなくなった。
確かに、彼が焼いた村の数は驚嘆に値するものといえたかもしれない。植民地貿易のため捕虜を捉えて強制労働、無用になれば銃殺、抵抗した者がいたら村ごと殲滅。日記の内容から察するに、この軍人はほとんど、他の事はまるでしていなかったようだった。
でも、それで?

---私が心惹かれるのはね、このつまらなさなんだよ。
---?
---ご覧。村を焼いても、密林で虐殺を行っていても、彼の日記は本当につまらないだろう? 気候観測記録でも読むような退屈さだ。
---……。
ほら、まるで、パン屋の店員が会計をするように、目の前に積み上がった原住民達の右手を数えている。いかにも、退屈そうに。
---…はい。
---この単調さこそが、我々の仕事にも求められているものなんだよ。彼と私たちは、同じだ。

住民が叫ぼうとも、村を覆う炎がいかに赤くとも、そんなものに感情を昂らせてはいけない。
彼の日記の単調さは、まさにプロの殺戮というものを、特にそのための心のあり方を教えてくれるのだ、と父さまは言った。凍てつくような光をたたえた灰色の瞳で僕を覗き込みながら。


己を戒めよ。ただひたすら職務を遂行せよ。恐れも、快楽もそこに紛れ込ませてはいけない。
たとえどんなに流れる血が鮮烈な色をしていようとも。
PR

混血児

混血児

僕たちは混血児だ。
大陸にあるこの国では別に珍しくもない。

僕たちの母さまは遠い場所から来た。今は包帯で覆われて見えないその顔は、僕に生き写しだったという。
イル兄さまや僕、ミル兄さんの黒い髪も黒い瞳も、母さまを通じて彼の地よりもたらされたもの。

只一人違っていたのは兄さん——キル兄さんだけだ。柔らかな銀髪。多分きっと、一番父さまに似ていた。

それもあったんだろう。母さまが兄さんを溺愛したのは。それは結局の所、絶望的な一方通行だったんだけれども。



外の世界、旅団、流星街。

女王を前にした彼、の言葉をきいたあのとき胸が騒いだ。
もちろん一番気になっていたのはその後に繰り出されるであろう必殺技だっただけど、いつものたどたどしい発音と一変して、別人のように朗々と響き渡るその声にも、僕は一瞬我を忘れたのだった。

僕には彼の言ったことは何もわからなかった。
たった一つのことをのぞいて。

——あれは、母さまのふるさとの言葉。

子供たちの前でも滅多に発されたことの無い、故郷を捨てたあの人の、記憶の底に眠る響き。
流星街とよばれるその場所の更に奥深く、一族の他の誰も知らず誰も行ったことも無い場所のことばだった。

あなたは、誰。




母さま
母さま

だんだん壊れていくあなたを僕はただ見つめるばかり。


誰かが僕を母さまに生き写しだといい、美しい衣装を着せた。鏡の中にいるのは女の子。微笑まなければ。そうすれば母さまも喜んでくれる。父さまもかわいがってくれる。

奇麗な着物。ほら、似合うでしょ。ねえ、僕は母さまに似ている?母さまの子供の頃もこんなふうだった?
尋ねたら、静かに母さまの、ディスプレイの奥の視線が光った。そして静かな声で一言、お前は私のものを何でもほしがるのね、と。




そのときはわからなかったけど、少し経ってから気づいた。
母さまは、昔の自分のように美しい顔で父さまに抱かれる、この僕に既に嫉妬しているんだ。

だけど、僕は知ってる。それでも母さまは僕を好きなのだということを。なぜなら、僕は結局の所彼女の息子だから。

息が詰まるくらいに彼女は女で、実際、そのためだけに生かされてきた。そんな彼女にとって、僕が本当の女の子でないという事実がこの奇妙な現状の中で心の支えになってる。
女でないなら最終的に母さまの地位を奪うことも無いからだ。
母さまが本物の「女」、妻であるなら、僕は永久的にその模造品。コピーでしかないというわけだ。

更にいえば現実問題として、僕が父さまをお慰めしなければ、代わりに使用人の娘が呼ばれるだけだ。母さまはよくわかっていた。それくらいならいっそ、自分に生き写しの息子を捧げたいのだ。イル兄さんは少し大きすぎる。世の中には大きい大人の男を愛する男性もいるのだけど、父さまそうでなかった。あの人は単に、若くて美しいものを弄ぶのがお好きなだけなのだもの。

そう、あの人にとって、女も子供も区別は無いのだ。だけど母さま、あなたは女としてあの人に抱かれることにそんなにも誇りを見いだしておられる。それは何故?




————その答えを、僕は知っている。
それは彼女が、ある一族の血を引く女、子を創れる存在であるというただそれだけのために、故郷の街から連れてこられあの暗い城の中に飼われてきたからだ。
女である、そのためだけに母さまは、数十年の人生を費やしてこられた。今、母さまに、父さまの女である意味、妻の座の空しさを問うことは、恐らく、これまでの人生全てに価値がないと宣告するに等しいだろう。



キル兄さまが出て行った後、母さまは一人で怒りだし、金切り声を上げた。
叫ぶ母さま。お怒りはわかる。だって、誰もあなたの声に耳を傾けない。
おじいさまも父さまも、昔からあなたの意思を素通りして何もかも決めてきた。



キル兄さまが家を飛び出す直前、確かに、高圧的な態度で兄さまを苛立たせたのは母さまだった。
「キキョウは少し、度が過ぎた。」
おじいさまが言い、父さまは母さまのやり方を尊重しないことに決めた。
もともと母さまの判断力を信頼してなどいなかったが、これまで子供のことだけは任せるつもりでいた。それも、今後はやめるということだ。

ハンター試験に出かける前イル兄さまが淡々と言った。
「母さんのお守りも疲れるけど仕方が無い。お前も俺も大変だな。」
僕は黙ってうなづいた。

でも、僕はこうも考えたのだった。

母さまが馬鹿みたいにしかみえないのは、父さま以上に父さまの意思に忠実であろうとしたからだ。ゾルディック家の跡取りを育てよという、父さまに与えられた命令に、父さま自身よりも真剣に取り組んでいた、その結果にすぎない。

(父さまの狂気と欲望を引き受けて、更に母さまは一人深く狂う。)

(他の者より弱く、役に立たず、城からろくに出ることも無い女であるだけの彼女に、この家の狂気を引き受ける以外何が出来ただろう?)


叫び疲れた声がいつしかすすり泣きに変わる。
使用人は遠巻きにして近寄ろうとしない。もういつものことでみんな、なれてしまっているのだ。



母さま、母さま、

僕は一人、母さまの長いローブの裾にすがる。

僕がお守りします。落ちついて。

空々しい台詞を言ってみた。まるで良い息子のように。
台本を読むような気分で、金襴をあしらった着物の裾が脚にまとわりつくのを感じながら。


今日、この格好でまた、父さまに抱かれに行く。