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イノセント(2)

イノセント(1)の続きです。
2.三谷亘

俺が東京にあるこの街に越してきたのは11のときだ。
三谷亘は最初の友達らしい友達だった。
転校生として妹と二人で校門をくぐったその朝に出会った。
出会った瞬間の事は今でも覚えている。そのくらい奇妙だった。
昇降口で駆け出す妹に、絢、と名前を呼んだ瞬間、刺すような視線を感じた。それが三谷だった。
突っ立ったまま、俺を見てて、目が合うと微かに笑った。何故だか知らないが少しだけ泣きそうな顔をしてるようにも見えた。だけど何も言わず、あんまりにもじーっと俺を見るから気持悪くなって思い切り怪訝な顔をしたら、それが合図だったみたいに視線を反らした。
気分がもやもやしたから、結局こっちから声をかけた。俺に何か用?
一瞬間があいて、ごめん、じろじろ見ちゃって。何でも無いんだ、と答えが返って来た。
声が掠れてて、こいつ風邪でも引いてるのかなと思ったのを覚えている。
そのときは互いの名前を聞いたくらいですぐ別れた。

別に同じクラスになったわけでもないから、次に接点があったのは少し先、考えてみればそれも変なきっかけでだった。
転校して一週間も経たない頃だったと思う。叔母さんと大げんかして家を飛び出した事があった。
まだ友だちらしい友だちもいなかったから行くところも無くて(来られても困るだろうが)、うろうろしてたら雨が降り出して途方に暮れ雨宿りしてた。そしたら三谷が偶然通りかかったんだ。家がすぐこの近くだと言う。
正直、やな時に会ったな、と思った。最初に会ったときの反応でちょっと変な奴と思う気持ちの方が強かったから、正直無視しようかと思ったくらいだ。
でもそれは相手も同じだったのかも知れない。

三谷は一人で飯を炊いて、母親を待ってた。
やつの両親が離別したばかりだと知ったのはそのときだ。



互いになんだか恥ずかしいところをみられちゃったなという感じで、その後なんとなく仲良くなった。
あと、何故だか知らないが、うちに連れて行ったら妹がやたらあいつに懐くんだ。
けっこう人見知りする方なのにな。最初にあったときからワタル、ワタルって名前で馴れ馴れしく呼んでた。
(…兄としては微妙に複雑な気分だった。)

中学に入って、一度同じクラスになったかな。でも、学校ではあまりつるまなかった気がする。
俺はどっちかというと、6年のとき同じクラスだった宮原裕太郎といる方が多かったし、三谷は三谷で友達がいた。
多分、話が合うのは宮原だったんだ。宮原はあの年でやたら本も読んでいたし頭の回転も速かった。ブルーバックスのアインシュタインの相対性理論入門を俺に貸してくれたり、暇があれば親が持ってる六法全書をめくってるような子供だった。とにかく話題が尽きなくて面白かった。
三谷だって別にバカじゃないけど、話題は大抵はゲームや漫画であまり込み入った深い話もしなかったと思う。というか、お互い家がぐちゃぐちゃだしと思って俺の方からそういうのは避けていたかもしれない。それと失礼な話かもしれないが、全体的に自分の方がオトナだなと思ってたのも事実だ。

中三になり、気づいたら宮原と俺は全国模試、校内模試と成績のトップ争いをしてて、周りから少し遠巻きに見られてる節もあった。
別にお互い、テストで点を取る事なんてどうでも良かったのだが、ああいうのはゲーム感覚で始めてしまうとやめられないものだ。
そう、ゲームだった。実際、理系、文系などの適性の違いを差し置いても、総合的な知識量やらアタマの回転数やらでは多分宮原の方が上だった。それに加えて、あいつは再婚家庭とはいえ父親がいるから普通に塾も行ってて、俺はといえば中学から金の事を考えて自宅勉強に切り替えてたから条件も違った。
だけど学校の教科書しか出題範囲じゃない模試なら条件平等だろ。だから競争して楽しかった。それだけだ。
それに俺にとっても美味しかった。全国一桁、二桁レベルの順位とか出してたら、割といい中堅私立高校からスカウトがきたんだ。特待生になりませんか、授業料払わなくていいですよって。
ガキの頭でも金稼げるんだな、と思ったのを覚えている。
うちの財政状況ならまず都立だろって思ってたんだけど、学費ゼロで私立も悪くないなと思った。あと俺の行きたいような都立は何だか妙に行事が多くてそういうのに時間取られる感じで、俺はこういう性格だからそう言う校風は面倒くさいなと思っていたのも背中を押した。

宮原はといえば、俺がもともと目指してた都立高校に出願して余裕で受かり、その上で狙ってた難関の国立に受かってそっちに行った。塾に行ってなかった俺には到底無理な試験問題をだすようなところだ。
まああいつならそうだろうな、と俺は思い、平静に受け止めようとしたが同時に少しだけ悔しかったのを覚えている。

意外だったのは三谷だ。何と俺と同じ高校になった。
ランク高めの都立を目指して落ちて、滑り止めにしていた高校が俺のところだったというわけだ。

私立に入学して、お前んち経済的に大丈夫なのか?

もう桜の咲き始めるような頃、無礼を承知でつい質問してしまったことがあった。
三谷はうーん、と浮かない顔をして肩を落とし、確かにあの学校学費けっこう高いよね、と一言。
そして、父さんに借りが出来ちゃったよ、と続けた。

そうか、と返事してそれ以上その話はしなかったが、後から考えてみて気づいた。
俺の質問は全く余計なお世話だし、三谷がそんなふうに思う必要は全く無いんだよな。
別れたって親は親なんだからかじれる脛はかじればいいんだ。
どうして俺はそういう風に言ってやれなかったんだろう。
悪気はなかったつもりだけど、あれじゃまるで三谷の失敗を責めてるみたいだ。
そう思ってちょっと落ち込んだ。

結局、なんだかんだ言って、かじれる脛のある三谷が妬ましかったのかもしれなかった。

俺は小さい。




(3)につづく
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