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突発ブレイブネタです。全年齢向けで友情モノ、攻受特になしですが、このエピソードだけだとかなりワタルが受っぽく映るかもしれません。映画版の後日談で「ミツルは生きていたが幻界の記憶を完全になくしており、アヤちゃんと叔母さんの家に住んでいる」という設定です。なお、この話では出てきませんが、母の浮気と父親による無理心中は起こってしまったこととしています…(汗
夕立、雨雲、くらいそら。
ミツルがいた。
あじさいの影に立ってた。
僕は急いでベランダに出て洗濯物をとりこんでて、母さん遅いな、そう思って外を眺めてたんだ。
うちは4階にあるから遠くて顔は全然見えなくて、でも間違えるはず無いあの髪型ですぐわかった。
階段を駆け下りて、意味もなく息を潜めて近づく。
雨に濡れてうつむいてるうなじが見えた。あと1メートル。全然僕に気づいてない。
ミツル、と声をかけそうになって、あわてて飲み込んで代わりに言った。
「…芦川。」
「……え、三谷?」
ふりむいた顔が明らかにびっくりしてる。そうだよな、ミツルは僕のうちなんて知らないんだから。
こないだ転校して来たばっかりで、叔母さんの家に妹と住んでる同級生。
——僕のことを、覚えてない芦川ミツル。
雨があがるのを待ってただけだから、と遠慮するのを強引に誘った。
だってあんなびしょ濡れで、まるでぼんやり考え込むみたいな横顔で立ってたのをそのままじゃあね、なんて帰せない気がして。
「濡れたままじゃ風邪ひくよ。」
強引な誘いに戸惑ったような顔をしてるにも構わず、こっちこっち、と僕は彼を脱衣所に誘導して、手早くタオルと適当なTシャツを渡す。
「乾燥機使えばすぐかわくよ。その間これ着てて。」
「別にいいよ。そこまで…」
「だめだよ、早く。」
ため息をついてミツルがそっぽをむく。
無造作に湿った長袖の黒いシャツを脱いで僕に渡した。
薄暗い部屋に肌が浮かび上がって、色白いんだな、ぼんやりと僕は思った。
乾燥機の振動音が壁越しに響いている。外では雨の音。
「…どうも。」
テーブルに出されたジュースとお菓子を受け取って、ミツルが目をそらしたままぽつりとつぶやく。
「お前、いろいろお節介だな。」
「…はは。」
笑ってごまかしたのは、どこかで聞いたような台詞の不意打ちにちょっとドキッとしたからだ。
お節介だな、か。いや、あのときは…『お人好し』って言われたんだっけ?
懐かしい、記憶。
目の前にいるのに、もうどこにもいないひと。
「でも、お前えらいな。」
「…え?」
気づくと、ミツルの瞳がじっと僕を見ていた。
「乾燥機とか使い方フツウに分かってるし、それにあれ…」
すっと切れ長の瞳が僕を通りこして部屋の隅に視線を投げる。さっき取り込んでたたんでいた途中の洗濯物があった。
そして部屋にはお米の炊ける匂いが漂い始めていた。さっき僕がしかけておいたんだ。
どれも一つ一つは大したことじゃないけど、全部きちんとやってるのに少し驚いたみたいだった。
確かに昔は僕もこんなにてきぱきしてなかった。
「おまえんちのお母さん、いつもこんなに帰り遅いのか?」
「うん。働いてるんだ。」
「共働きってやつ?」
「…いや、」
僕は一瞬ためらった。でも、言った。
「うち、お父さんいないんだ。」
ミツルの瞳が少し見ひらかれたのが見えた。
「少し前に離婚しちゃってさ。」
はは、と僕はまた笑う。
「…そうか。」
目を伏せてミツル。そして低い声で、ミタニもいろいろ大変なんだな、とつぶやいた。
「そんな、別にたいしたことじゃないよ。だって…」
急に胸の鼓動が大きくなった。
また、遠い日を思い出してしまう。
(ずっと昔、似たような話をした。だけど全く違う反応だった…)
いやだな。こんな風に考えるなんて。僕は頭の中にわいた考えを打ち消そうとした。
何かをごまかそうとするように代わりに僕の口をついて出たのは——あろうことか、あの日の彼の言葉。
「ほら、離婚なんて…会いたいと思えばいつだって会えるし、」
(暗い夜、)
「家の手伝いとかも実はそんなにしてないんだ。だから僕は、」
(神社の境内に二人)
「…その、僕なんて、なんだかんだ言っても『お気楽なお子様』っていうか…」
(そう言って僕のことを、嗤った)
だが目の前の彼はといえば、皮肉な微笑みを浮かべることもなく、あざけりもせず、ただ真っすぐに僕を見つめるのだった。
「お気楽…なんてことないよ。お前、すごい頑張ってるよ。」
(…ああ、やっぱり)
胸が痛んだ。
動揺するな、こんな些細なことに。僕は自分にいいきかせる。
わかってる。
わかってることじゃないか、こんなこと。
僕と一緒に旅をしたあのミツルは、もう、どこにもいないのだ。
…だから、新しい彼とともだちになればいい。また始めればいい。
そう思って、今日まで来たんじゃないか。
しかも、その新しいともだちが僕の家に来て、今、優しい言葉をかけてくれたんだ。
喜ばなきゃ。僕は微笑もうとした。
だけど、出来なかった。
「三谷?おい?」
唇が震える。目の前の景色が歪む。
だめだ、いけない。このミツルの前でこんなの、間違ってる。
(…でも、会いたい——会いたくて、たまらない)
気持ちが抑えられず涙が溢れた。
(あのミツルに、一緒に旅をした彼に、もういちど)
だってやっぱり、違うと感じてしまうんだ。
同じ顔の別の人といるように思ってしまうんだ。
どうすればいいんだろう。
曇った瞳に戸惑った顔が映る。椅子から立ち上がり、僕の方に来る。
「おい、大丈夫か?」
「…ご、めん。」
「え?」
「僕、ごめ…バカみた…」
わけわかんないよね。いきなりこんなことで泣き出したりして。
君のせいじゃないのに。
君には関係ないことなのに、バカみたいに泣いてごめん。
そう思うのに涙がぼろぼろとこぼれ、せめて泣き声を上げないように歯を食いしばる。
「…いや、俺が悪かったよ。三谷。」
肩に優しく手が置かれた。いきなりいろいろ質問してゴメンな、穏やかな声が頭の上から降ってくる。
ちがうんだ、それが理由じゃないと、僕はだまって首を振る。でも説明できるわけがない。
肩におかれた手がそっと僕の背中を撫でる。一瞬沈黙が落ちて、ミツルが口を開いた。
「俺んちも、色々あってさ。両親が死んで、いないんだ。だから俺、妹と一緒に叔母さんちに引き取られてさ。」
「………。」
「叔母さんにはすごく感謝してる。俺と妹を育ててくれて。でもさ、やっぱ本当の親とはちょっと違う。何て言うか、ガキなりにさ、気を遣うっていうか…」
妹はときどきお母さんって泣くし、俺も…寂しいって思うことあるよ、とミツルは続けた。
——寂しい。
その言葉を聞いたとき、僕は急に自分の父さんのことも思い出した。
去っていく後ろ姿。夕焼け。心細さいっぱいで走った夜。
見上げた幽霊ビル、そしてそこにいたのは…
耐えきれなくなって、声が出た。しゃくりあげる。
ミツルはもう何も言わずに、ただ傍らに寄り添うようにして僕の背をそっと撫でていた。
いたわるような手は、ひたすら優しくて、
それもびっくりするくらい自然な仕草だった。
同い年のやつにこんなことされて恥ずい、と僕に思わせないくらいに。
…こうやって何度も、まだ小さい妹を慰めてきたんだろうか?
一度見ただけのミツルの妹を思い出す。
アヤちゃん、名前だけを僕はずっと前から知っていた。
それは、あのミツルにはなかったものだ。
そして、彼がずっと欲しがっていたもの——
(ありたかった姿、兄としての自分)
ああ、そうだった。
僕の知らないこのミツルは、あの彼の願った運命を引き受け、引き継いでもいるんだ。
目を閉じる
身体から力が抜けて、少しずつ、涙が止まった。
「俺、本当は今日叔母さんのところに帰りたくなくてさ。」
泣きやんだ僕の横にまた腰掛けて頬杖をついて俯いたまま、ミツルがちょっと苦笑した。
「さっきケンカしたんだ。理由はくだらないんだけどな。」
長い前髪に縁取られた横顔が遠い目をしてる。本当に些細なことならこんな表情をしないような気がしたけれど根拠がないので僕は黙っていた。まだ目が腫れぼったくて恥ずかしい。
「勢いで家でたら急に雨が降ってきて…寒いし腹減るし、参ったよ。」
「…そうだったんだ。」
「だから、家に入れてくれてちょっと助かった。ありがとな。」
「ううん…こっちこそ。」
胸がじわりと温かくなって、そしたらミツルが僕の方を向いて、言った。あ、やっと笑ったな。
乾燥機が止まって服が乾いた頃、夕立も止んでいた。
母さんからはあと少しで帰るからお総菜何がいい?とメールが来た。
「…うちで、ご飯食べてく?僕、みそ汁作るし、お母さんには電話すればきっといいよって言うと思うし…」
思いつきでミツルに訊いたら、いや、今日はいいよ、と彼。
「アヤが待ってると思うから。…それに、叔母さんも。」
照れたような表情で苦笑し、それを隠すように前髪を掻き上げる。
じゃあ、今度時間があるときにいつでもおいでよ、と言ったら、おう、と素直に嬉しそうな顔で頷いた。
別れはいつも辛い。
あの日、父さんが出て行くと聞いたときショックで身体が震えた。
今でも夜、幻界の夢を見て、ミツルが僕の腕の中で消えていくのに泣きながら目が覚めることがある。
時は経つのに、失ったモノの傷みはまだ鮮やかだ。
でもさっき、妹のことを話し照れた彼を心から微笑ましいと感じることができた。
彼の幸せを願い、彼とまたすぐに会いたいと思った。
ミツルであって、ミツルでないひと。
これはきっと、新しい出会いでもあるのだ。
そう、何度でもやり直せる。
過去を忘れるのでも封じ込めるのでもなく、引き受けながら、それでも別の何かを築いていけるんだ。
母さんと始めたこの新しい生活みたいに。
明日からまた、ミツルと二人で。
おわり
(2007/5/1 うpの後に一部語句の加筆訂正)
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