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6.Coming out
「自分でもよくわからないんだけど、」俺の反応を待たずに三谷がつぶやいた。雨音だけが聞こえる静かな空間に、ぽつり、ぽつりと選ばれた言葉が落ちていく。
「人生で初めて本当に好きになっちゃったのは、多分その人だった。まあ…後から気づいたんだけどね。」
『本当に好き』?…って、小学生のガキのころの話だろ?
俺は一瞬突っ込んでやろうかと思ったがやめた。三谷の表情が真剣すぎたのに気圧されたんだ。
三谷は俺の反応を待っていたようだ。だが俺が何も言わないので言い訳のように付け足した。
「女の子もかわいいとは思うんだけどね。」
何と反応して良いのかわからず、だが何か言わねばと思考が空回りする感覚と共に俺はかろうじて話をつなぐ。
「そういやお前、中学んときいい感じのメル友がいたよな。年上の…ええと、」
「…ああ、大松さん。」
そうなのだ。俺からすれば、宮原との模試の点数競争以外に記憶の無い中坊時代を送った自分などとは違い、三谷は絵に書いたような純情かつ麗しい日々を過ごしていた。
「大松さんとは…話が合ったっていうか。友達だよ。」
「でも結構頻繁にやりとしてなかったか?」
「まあ、共通の話題は結構あって…多分、色々話し過ぎたと思う。だから友達になっちゃった。」
「ああそう。…要はバイなわけか。なるほど。」
勝手に話を脱線させたり、戻したり。明らかに会話の流れに自分が狼狽しているのを意識した。そのせいで返って変に素っ気ない言い方をしてしまって、三谷が少し傷ついたような顔をする。
「…簡単に言うなあ。人が悩んでるのに。」
「そんなに、悩んでるのか。」
「だって、そりゃ……………友達とか、親とか。」
「親?」俺はぽけっとマヌケに口を開けたまま三谷を見た。友達(と思っていたやつら)の偏見やイジメを心配するのはわかるが、なんで親まで出てくるんだ。
「…うちの母親に、彼氏を紹介するところとか、想像できない。」
淡々とした口調だったが、僅かに声がうわずりほんの一瞬言葉に詰まった。だがすぐに続ける。押し殺したような低い声だった。
「きっと泣かれるよ。」
そう言った後、とってつけたように頬をゆるめてちょっと笑った。でも、目が笑ってない。
ああ。そうか。
直接は関係ないことだが、俺は三谷の母親について聞いてしまった妙な噂をふと思い出した。昔、離婚のショックで自殺未遂したとかしないとか。あれは中学の頃だったか、クラスのお喋り男があることないこと話してたのだ。
俺の知ってるおばさんは、ちょっと口うるさくてむしろ人より明るいくらいの女性に見えていたのだが。
だがその一方で、三谷が母親に対し不安げな眼差しをを向けているのは何となく随分前から感じていた。普通この年のガキなら言いそうな、親がうざいとか過保護だとか、三谷からは殆ど聞いたこと無かった。反発するどころか、常に何か心配し気遣ってすらいて、さっきだって雨宿りすると決めた途端親にメールを送っていた。
要は三谷は疑いもなくマザコンだった。それも母子家庭にありがちな痛々しい部類の。
そして俺がそんなことに気づいてしまうのも、俺自身が少しおかしいくらい妹に執着している壊れた家庭の子だったからだ。わかってた。
でもよ、三谷…お前がそんなに色々考える必要あるのか?
ぎりりと心の奥のどこかが軋んだ。
「そんなの…どっちが好きとか嫌いとか、とりあえずは黙ってればいいじゃないか。ばれやしねぇよ。」
そもそも家族とはいえ、金払ってもらってる身で関係がごちゃごちゃしたら厄介だしな、とは頭の中で付け足すに留めた。こういう発想を自然にしてしまう我が身も悲しいが。
「…そうだけど。わかってるけど。それでも想像すると何かへこむんだよ。」
すっごい普通の今日みたいな日にさ、食事してるときとか、親が仕事から帰って珍しく機嫌よくて、すごく和やかに話してるときとか、と続けた。そして気が抜けたような眼差しをして座卓の上のグラスを手に取る。
「でも男っていっても、そんなんガキのころの初恋とやらの話だろ?ちゃんと本気で好きな奴でも出来てから、改めて想像してヘコめばいいじゃないか。」
俺の屁理屈に、もう溶けた氷しか残ってないグラスの中身を飲もうとしていた三谷の手が止まった。
「…いや。今もいるっていえば、いるのかも。」
何故かはわからない。
それを聞いたとき、ぞくりと俺の背筋に何かが走った。
嫌悪感からではない。自分でも整理の付かない感情が湧き上がったのだった。
不思議だ。小学生の頃、男に初恋云々なんて話の時には何とも思わなかったのに、自分とこうして向き合ってる同い年の男が今、実際に同性の誰かを好きなのだと告白したその途端、まるで相手の呼吸が皮膚に近いところから伝わってきたような、何か生々しい感覚が走り抜けたのだった。
慣れた自室を急に狭く感じた。
雨の湿気が部屋に充満したような息苦しさを覚えた。
「…そうか。」
かろうじて応える。
「だからすごく悩むんだ。自分は一体どうなってるんだろうって。」
「別に今時、男を好きになる男だって…いるだろ。」
何の脈絡もなく、青い目が思い浮かんだ。ものすごく前のことのような気がした。
こぶしを軽く握りしめる。いや、あれは別にそうと決まった訳じゃないし、単に日本人と文化交流のためお茶したかっただけかもしれない。
「あっさりいうなあ。芦川らしいや。」
三谷は俺の方を見ない。
そして沈黙が流れたあと、ため息と共に言った。
「ヘンな話になっちゃってごめん。でも…ちゃんと聞いてくれてありがとう。」
一大決心で話したことだったのだと、そのとき俺はようやく気づいた。
*
雨が小雨になり、三谷を見送った。
一人部屋に戻ったとき、ふと思った。
俺は結構あいつのこと知らなかったんだなって。
何も言わずにずっと悩んでたり、好きなヤツがいたり、そりゃ三谷には三谷の人生があるんだよな、わかってる。
でも急に自分だけ取り残されたような気分になったのは事実だ。
表向き動じない振りをしたけれど、三谷の奇妙な告白は明らかに俺の中に波紋を投げかけていた。
それは三谷が恐れていたような形でではなく、同時に、当の俺自身が予想も説明もつかないような形でだった。
机の前に座り、さっき捨てられなかった包み紙の携帯番号が目に入る。数秒見つめて手に取り丸めて捨てようとして、やめた。
公衆電話から男にもらった番号にかけたのはその夜のことだ。
本はまるで読み終わってなどいなかったが、返したいと言った。
俺は本来、アプローチしてくる相手を血も涙もなく拒絶できるタイプなわけだから、普段ならわざわざ一度や二度会った程度の胡散臭い相手との接点など作るはずもなかった。
なのに自分でも訳が分からない、理屈のつかない行動。
…いや、訳が分からないというのは嘘だ。むしろ、薄々わかっていたけれど気づかないふりをしていた。
結局の所、俺はダメージを受けてしまっていたのだ。
————三谷が自分の知らない世界に行ってしまったような気がしたことに。
仲の良い友達への執着?それとも一種の競争心?よくはわからないし、その辺詰めて考える気もなかった。
明らかだったのは、気分がぐしゃぐしゃするから気を紛らわすような変な冒険したくなった、それだけだ。
三谷と全然関係ない、未知の世界に繋がってそうな大人を呼び出してみる気になった。
あと、あの本が部屋にある限りどこかにあの男の気配がちらつくような妙な感覚があって、それが多少は俺を落ち着かない気持ちにさせていたのも事実だ。
とにかくその日、俺はあの名前しか知らない外人に電話した。本を返したいから同じ本屋で会いたいと言った。男が近くで働いているらしいことは目星をつけていたからだ。
それでも自分の携帯を使わずわざわざ公衆電話からかけたのは、最低限の用心のつもりだった。
今考えると笑えてくる。
イノセント(7)につづく
【作者後記】
展開がだんだん妖しくなりつつありますが…すいません、多分悪い予感(をお持ちの方がいらしたら)当たると思います…。
それにしても純情ラヴがまるで書けない身体なのは困ったことで(汗
「自分でもよくわからないんだけど、」俺の反応を待たずに三谷がつぶやいた。雨音だけが聞こえる静かな空間に、ぽつり、ぽつりと選ばれた言葉が落ちていく。
「人生で初めて本当に好きになっちゃったのは、多分その人だった。まあ…後から気づいたんだけどね。」
『本当に好き』?…って、小学生のガキのころの話だろ?
俺は一瞬突っ込んでやろうかと思ったがやめた。三谷の表情が真剣すぎたのに気圧されたんだ。
三谷は俺の反応を待っていたようだ。だが俺が何も言わないので言い訳のように付け足した。
「女の子もかわいいとは思うんだけどね。」
何と反応して良いのかわからず、だが何か言わねばと思考が空回りする感覚と共に俺はかろうじて話をつなぐ。
「そういやお前、中学んときいい感じのメル友がいたよな。年上の…ええと、」
「…ああ、大松さん。」
そうなのだ。俺からすれば、宮原との模試の点数競争以外に記憶の無い中坊時代を送った自分などとは違い、三谷は絵に書いたような純情かつ麗しい日々を過ごしていた。
「大松さんとは…話が合ったっていうか。友達だよ。」
「でも結構頻繁にやりとしてなかったか?」
「まあ、共通の話題は結構あって…多分、色々話し過ぎたと思う。だから友達になっちゃった。」
「ああそう。…要はバイなわけか。なるほど。」
勝手に話を脱線させたり、戻したり。明らかに会話の流れに自分が狼狽しているのを意識した。そのせいで返って変に素っ気ない言い方をしてしまって、三谷が少し傷ついたような顔をする。
「…簡単に言うなあ。人が悩んでるのに。」
「そんなに、悩んでるのか。」
「だって、そりゃ……………友達とか、親とか。」
「親?」俺はぽけっとマヌケに口を開けたまま三谷を見た。友達(と思っていたやつら)の偏見やイジメを心配するのはわかるが、なんで親まで出てくるんだ。
「…うちの母親に、彼氏を紹介するところとか、想像できない。」
淡々とした口調だったが、僅かに声がうわずりほんの一瞬言葉に詰まった。だがすぐに続ける。押し殺したような低い声だった。
「きっと泣かれるよ。」
そう言った後、とってつけたように頬をゆるめてちょっと笑った。でも、目が笑ってない。
ああ。そうか。
直接は関係ないことだが、俺は三谷の母親について聞いてしまった妙な噂をふと思い出した。昔、離婚のショックで自殺未遂したとかしないとか。あれは中学の頃だったか、クラスのお喋り男があることないこと話してたのだ。
俺の知ってるおばさんは、ちょっと口うるさくてむしろ人より明るいくらいの女性に見えていたのだが。
だがその一方で、三谷が母親に対し不安げな眼差しをを向けているのは何となく随分前から感じていた。普通この年のガキなら言いそうな、親がうざいとか過保護だとか、三谷からは殆ど聞いたこと無かった。反発するどころか、常に何か心配し気遣ってすらいて、さっきだって雨宿りすると決めた途端親にメールを送っていた。
要は三谷は疑いもなくマザコンだった。それも母子家庭にありがちな痛々しい部類の。
そして俺がそんなことに気づいてしまうのも、俺自身が少しおかしいくらい妹に執着している壊れた家庭の子だったからだ。わかってた。
でもよ、三谷…お前がそんなに色々考える必要あるのか?
ぎりりと心の奥のどこかが軋んだ。
「そんなの…どっちが好きとか嫌いとか、とりあえずは黙ってればいいじゃないか。ばれやしねぇよ。」
そもそも家族とはいえ、金払ってもらってる身で関係がごちゃごちゃしたら厄介だしな、とは頭の中で付け足すに留めた。こういう発想を自然にしてしまう我が身も悲しいが。
「…そうだけど。わかってるけど。それでも想像すると何かへこむんだよ。」
すっごい普通の今日みたいな日にさ、食事してるときとか、親が仕事から帰って珍しく機嫌よくて、すごく和やかに話してるときとか、と続けた。そして気が抜けたような眼差しをして座卓の上のグラスを手に取る。
「でも男っていっても、そんなんガキのころの初恋とやらの話だろ?ちゃんと本気で好きな奴でも出来てから、改めて想像してヘコめばいいじゃないか。」
俺の屁理屈に、もう溶けた氷しか残ってないグラスの中身を飲もうとしていた三谷の手が止まった。
「…いや。今もいるっていえば、いるのかも。」
何故かはわからない。
それを聞いたとき、ぞくりと俺の背筋に何かが走った。
嫌悪感からではない。自分でも整理の付かない感情が湧き上がったのだった。
不思議だ。小学生の頃、男に初恋云々なんて話の時には何とも思わなかったのに、自分とこうして向き合ってる同い年の男が今、実際に同性の誰かを好きなのだと告白したその途端、まるで相手の呼吸が皮膚に近いところから伝わってきたような、何か生々しい感覚が走り抜けたのだった。
慣れた自室を急に狭く感じた。
雨の湿気が部屋に充満したような息苦しさを覚えた。
「…そうか。」
かろうじて応える。
「だからすごく悩むんだ。自分は一体どうなってるんだろうって。」
「別に今時、男を好きになる男だって…いるだろ。」
何の脈絡もなく、青い目が思い浮かんだ。ものすごく前のことのような気がした。
こぶしを軽く握りしめる。いや、あれは別にそうと決まった訳じゃないし、単に日本人と文化交流のためお茶したかっただけかもしれない。
「あっさりいうなあ。芦川らしいや。」
三谷は俺の方を見ない。
そして沈黙が流れたあと、ため息と共に言った。
「ヘンな話になっちゃってごめん。でも…ちゃんと聞いてくれてありがとう。」
一大決心で話したことだったのだと、そのとき俺はようやく気づいた。
*
雨が小雨になり、三谷を見送った。
一人部屋に戻ったとき、ふと思った。
俺は結構あいつのこと知らなかったんだなって。
何も言わずにずっと悩んでたり、好きなヤツがいたり、そりゃ三谷には三谷の人生があるんだよな、わかってる。
でも急に自分だけ取り残されたような気分になったのは事実だ。
表向き動じない振りをしたけれど、三谷の奇妙な告白は明らかに俺の中に波紋を投げかけていた。
それは三谷が恐れていたような形でではなく、同時に、当の俺自身が予想も説明もつかないような形でだった。
机の前に座り、さっき捨てられなかった包み紙の携帯番号が目に入る。数秒見つめて手に取り丸めて捨てようとして、やめた。
公衆電話から男にもらった番号にかけたのはその夜のことだ。
本はまるで読み終わってなどいなかったが、返したいと言った。
俺は本来、アプローチしてくる相手を血も涙もなく拒絶できるタイプなわけだから、普段ならわざわざ一度や二度会った程度の胡散臭い相手との接点など作るはずもなかった。
なのに自分でも訳が分からない、理屈のつかない行動。
…いや、訳が分からないというのは嘘だ。むしろ、薄々わかっていたけれど気づかないふりをしていた。
結局の所、俺はダメージを受けてしまっていたのだ。
————三谷が自分の知らない世界に行ってしまったような気がしたことに。
仲の良い友達への執着?それとも一種の競争心?よくはわからないし、その辺詰めて考える気もなかった。
明らかだったのは、気分がぐしゃぐしゃするから気を紛らわすような変な冒険したくなった、それだけだ。
三谷と全然関係ない、未知の世界に繋がってそうな大人を呼び出してみる気になった。
あと、あの本が部屋にある限りどこかにあの男の気配がちらつくような妙な感覚があって、それが多少は俺を落ち着かない気持ちにさせていたのも事実だ。
とにかくその日、俺はあの名前しか知らない外人に電話した。本を返したいから同じ本屋で会いたいと言った。男が近くで働いているらしいことは目星をつけていたからだ。
それでも自分の携帯を使わずわざわざ公衆電話からかけたのは、最低限の用心のつもりだった。
今考えると笑えてくる。
イノセント(7)につづく
【作者後記】
展開がだんだん妖しくなりつつありますが…すいません、多分悪い予感(をお持ちの方がいらしたら)当たると思います…。
それにしても純情ラヴがまるで書けない身体なのは困ったことで(汗
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