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小学5年生の冬で映画EDという設定ですが、幻界ネタはありません。亘→美鶴だけど無自覚プラトニック。話の雰囲気は明るめ、全年齢向けのつもりですが離婚ネタが出てきます…
クリスマスパーティ
今年のクリスマスはいつもと違う。
「はい、予定通り4時半にいらしてくださいな。やだ、いいですよそんな。ええ、…そうですか?じゃあ…」
電話に向かう母さんの声が弾んでる。話し相手は芦川のおばさんだ。
それを聞いてて僕もうきうきしてくる。
あれは一週間前だったかな。
ねえ亘、今年は芦川美鶴くんのおうちと、一緒にクリスマスパーティすることにしましょう。
母さんが突然そういって、僕は驚きと嬉しいので一瞬声が出なかった。
夏に着たばかりの転校生、芦川のことは時々お母さんに話していたし、うちにも何度か来たから知っていた。
でもいきなり、そう提案してくれるとは思ってなかったんだ。
その日は朝からそわそわしてた。
別に芦川や絢ちゃんがうちにくるのなんて初めてじゃないのに、ピンポーンとチャイムが鳴ったときドキっとした。
母さんがさあどうぞ、と三人を居間へと通す。
一週間前、母さんと飾り付けをしたツリーがお客さんをお出迎え。
絢ちゃんが、わあ!と歓声を上げ、芦川も、おお、と目を瞠った。お前んちのツリー、結構大きいな。
僕の身長より少し小さいくらいのそれは、今日は偽物の雪と沢山の飾りとちかちか瞬くネオンをまとって最上級の出で立ちを披露していた。
芦川の叔母さんが素敵ですねとにこにこする。絢ちゃんがうっとり見上げる。
「うち、ツリーだけは立派なんだよね。」
謙遜して言った瞬間、ほんの少しだけどお母さんの顔が曇ったような気がした。
ごめんなさい、ゆっくりしてらして。まだ準備がすんでなくてとエプロンで手を拭きながらお母さんは台所に戻っていく。
すかさず芦川の叔母さんがかけより、三谷さん、これ、と大きなタッパーの入った袋を差し出した。芦川が横から、これ、飲み物も、と瓶やペットボトルの入った重たそうなビニール袋を台所のカウンターに置く。
あら、まあ、素敵!これ、芦川さんがご自分で?
僕にはよく見えないけど何かの料理だったみたいだ。
芦川の叔母さんとお母さんは、台所の流しに並んで二人楽しそうに話し始めた。
さっきまで僕も手伝っていたローストチキンが、少しずつオーブンの中で美味しそうな色に変わっていく。
お母さんと、僕と、芦川と絢ちゃんと叔母さんと。
静かだった家が、急に賑やかになった。
五人のパワーってすごいやと僕は思った。
いいな。
こういう感じ。
今日はパーティだ。
*
大人の女の人二人が準備をしてくれるので、僕たち子供はそれまで遊んで待っていていいとのお許しが出た。ついでにお母さんの年賀状を投函する役目も仰せつかることになった。1月1日に届くためには今日出さなきゃならないんだそうだ。
絢ちゃんは5時から始まる魔法少女ものアニメがみたいというので、芦川だけが何となくついてきた。僕たちは二人で外にでた。
「あ、ちょっと待って。僕、郵便受けチェックする。」
「帰るときに見ればいいんじゃねえの。」
「でも今見たいんだ。」
手を突っ込んだら、かさりとしっかりした紙の感触。四角い封筒を僕はとりだす。
クリスマスカードだった。差出人は、三谷明。
何気なく芦川がのぞき込む。訊かれる前に僕は言った。
「お父さんから手紙が来た。」
「クリスマスカードだろ。その形。」
「…うん。」
僕は封を開けずにパーカーの大きい前ポケットにそれをしまって歩き出した。
用事が済んだとき、どうせ時間あるだろうからもう少し寄り道しようぜ、急に芦川が提案した。
あたりはもうすっかり暗くなってて、家々の明かりがともり始めてる。
当てもなく歩き、川を渡って、気づくと神社の側の公園まで来ていた。
いつもしてるように、ひんやりする鳥居の柱にそれぞれ寄りかかって空を見上げる。
「お前ん家、すごいちゃんとクリスマスするんだな。日本人の家じゃないみたいだ。」
「うん、お母さんが好きなんだ。そういうの。」
「へえ、楽しそうだな。」
「まあね。」
手を突っ込んだポケットの中で、かさりとさっきの封筒が触れた。
二人には立派すぎるクリスマスツリー。広い家。
僕は本当は知っている。母さんが芦川たちを呼んでくれたわけを。
お父さんは今年から別の家でクリスマスをする。
僕はお母さんと二人だけになっちゃう。
いきなりそれじゃ寂しいから、今年はせめてにぎやかにしようって思ってくれたんだ。
「…芦川んちは、これまでクリスマスどうしてたの?」
ふと、気になってたずねてみた。
「どうしてたって…そりゃ、ケーキ食べたり、フライドチキン食ったり…」
「絢ちゃんや叔母さんと?」
「ああ。他に誰がいるんだよ。」
白い息を吐きながら、芦川が笑う。
「…そうだよね。」
芦川にとってはそれが普通のことなんだ。
お父さんとお母さんがいて、子供がいて、サンタクロースが来る。
そういう「アタリマエ」は当たり前じゃないんだな、改めて思う。
きっと、僕の知らないところでたくさんの子供がもうずっと前からそうだったんだ。
今年から僕もその一人になっただけ。
そうだ。それだけ。たいしたことじゃない。
ポケットの中でぎゅっと拳を握りしめる。
すると芦川が言った。
「でも、叔母さんには悪いことしてるけどな。」
唇のはしに笑みをひっかけるような、ちょっと子供っぽくない笑い方をしてる。時々見せる表情。
「え?どうして?」
「だってクリスマスイブだぜ?俺たちといたくないだろ。」
「そ、そうなの?なんで?」
これだからお子様は、と言わんばかりに芦川は大げさに肩をすくめてみせた。
「どうせなら俺らみたいなガキといるより彼氏と過ごしたいだろ。日本のクリスマスってそうじゃん。普通。」
僕はぽかんと口を開けたまま芦川を見る。
「叔母さん、彼氏いるの?」
「ああ。俺も会ったことあるよ。一度だけだけど。」
平気な顔で答えが返ってきてますます驚く。
彼氏。あの叔母さんに?
急に胸の中にもやもやがたまって、息が苦しいような気分になった。
言葉では上手く説明できない、やな感じ。
なんだろ、この気持ち。
変だなと思ったけど、止まらない。
「悪いなんて…そんなこと、ないよ…。」
つい、びっくりするくらい、切羽詰まった声がでてしまった。芦川が驚きに目を丸くする。
「きっと…だって、家族じゃない。芦川の。家族といて楽しくないはずないよ。」
「…どうしたんだよ。べつに、叔母さんが俺たちといてどう思おうが、お前には関係ないだろ。」
「そりゃそうだけど…」
はは、と芦川がまた笑った。そのあと柱から身を起こし、いたずらっぽいまなざしで僕をじっと見る。
「だいたい、お前だってそのうち彼女とか出来て、そっちの方がいいとかってなるんだぜ。」
ざあっと全身の血が逆流するような気がした。拳をぎゅっと握りしめる。
「…ならないよ。一生無い。」
「一生はないだろ。さすがに。」
「ならない。絶対にそんなの、ない!いらない!!」
僕の剣幕に芦川が気圧されたように後ずさる。
「…何いきなりキレてるんだよ、変なヤツ。」
ふてくされたような声がした。
答えられずに僕は目をそらして、ただ、地面をにらんだ。
まだポケットの中、拳を握ったままだ。
どうしたんだろ僕、本当にお子様みたいだ。今日はおかしいや。
…でも、本当に今日だけ?
ううん。多分、違う。
きっと、ずっと引っかかってた。
カノジョとかカレシとか、よくわからないって気持ちがずっとあったんだ。
特別に大事な人が出来て、その人が一番だから他の人は後回しでいい、そういうのがわけわからない。
お父さんはカノジョを新しい奥さんにした。新しい家族が出来たので僕のうちから出て行った。
その奥さんもお父さんも、僕やお母さんと一緒にクリスマスしようとは言わない。
芦川の叔母さんとなら出来ることが、お父さん達とは出来ない。
お母さんも、お父さんも、お父さんの家族もそれを望んでいないからだ。
みんなですれば楽しいはずのことが、楽しくできない。変なことになってる。
でも変なのは大人達だけじゃない。
僕も、心の中で思ってる。
例え頼まれてもお父さんの新しい家族とクリスマスなんてしたくない。
そんなのきっと楽しくないって。
そんな自分の心もよくわからない。
もやもやして、まるで出口が見つからない迷路にいるみたいな気分。
ダメだな、僕。
せっかくのクリスマスなのに。
だけどそのとき、全然関係のないことに僕たちは救われた。
「おい見ろよ、雪だ。」
芦川の声に空を見上げると、確かに雪だった。さっきまで気配もなかったのに、ちらちらと白い氷のかけらが空から舞い降りてくる。
「珍しいよな。ホワイトクリスマスだ。」
独り言のようにつぶやくのには答えず、僕は黙って瞳を閉じた。
小さな小さな結晶がほてった頬にあたって溶けていくのを感じる。
「芦川はさ…彼女とか出来たらどうするの?」
訊いてみた。
「え?何だよ、いきなり。」
「例えばだよ。中学とか高校とかで彼女が出来たら、クリスマスは速攻そっちと過ごす?」
「…うーん…。」
一瞬、沈黙があった。
僕は目を開けて芦川の方を向く。
「さあ、わからない。場合によるだろ。それに、」
俯いてぽつりとつぶやく声。
「…絢がいるし。」
ふう、と上向きに吐いた白い息に、長く伸びた前髪がふわりとゆれるのをみた。
「…じゃあ、きっと、叔母さんもそういうふうに思ってるんじゃないかな。」
それはわからねえよ、芦川が笑う。
腕を組んだまま、また鳥居に寄りかかって空をあおぐ。
「お前って本当に…どうでもいいのにさ。うちのことなんて。」
そのあと急に黙って、雪が降ってくる雲の向こうを眺めるようなまなざしをした。
少し向こうから照らし出す街灯の明かりで、芦川の上に降り注ぐ細かい雪の粒がキラキラ光ってる。結晶が明るい色の髪に舞い落ちていく。かすかに開かれた唇からゆっくりと白い吐息が漏れるのを見た。
僕は何だかドキドキした。
いつだったか、上級生にからまれてもまるで動じなかった時の芦川を、すげえって思ったことがあった。そのときの気持ちに似ているようで、でも少し違う。
胸のあたりがちょっと痛くて、でも辛いわけでも悲しいわけでもない、不思議な感じ。
じっと見てたら、視線に気づいて芦川がこっちを向く。
僕は慌ててごまかすように言った。
「寒くなってきたし、もう帰ろうよ。パーティも始まっちゃうよ。」
*
帰り着くまでに、淡い雪はやんでしまった。
マンションの階段を上っているときだ。芦川がぽつりとつぶやいた。
「さっき、ちょっと変なこと考えてた。」
「へえ、どんな?」
芦川はためらった。いつもズバッと言うか、だんまりかなのに、めずらしい。
「…俺が今日、お前んちとクリスマス出来るのって、多分、おじさんのおかげなんだよな。」
ほら、普通そんなにしょっちゅう人んちとクリスマスパーティしないだろ。親同士、そんなに知り合いでもない。
だから…まるでおじさんが俺たちのために席を空けてくれたみたいなことになってるなって思ってさ。
「…別にそれでいいとか悪いとか、そういう話じゃないんだ、ただ…ちょっと不思議な気がしてさ。」
目をそらして、低い声で半分独り言のように言うのだった。切れ長の瞳の、長い睫が頬に影を落とす。
「やっぱり俺、変な事言ってるな。」
「ううん。…変じゃないよ。」
段を一歩一歩踏みしめながら、僕は繰り返した。
「全然、変じゃない。」
傷にしみるように、じわっと芦川の言葉が広がって、すぐに他の言葉が見つからなかったんだ。
人と話して、こんなふうに感じたのは生まれて初めてだった。
かじかんだ手で上からポケットを押さえる。封筒の感触。
(…僕も、お父さんの新しい家族に席を譲ったのかな。)
(代わりに芦川がここにいるみたいに。)
父さんがいたら出来なかったクリスマス。
別れがあったから生まれたチャンス。
家のドアノブに手をかけながら、ふと、深い考えはなく言葉が出てきた。
「…来年も、芦川とこうやって一緒にクリスマスできるといいな。」
「俺と?」
僕は慌てて、もちろん絢ちゃんと叔母さんも一緒にだよ、と付け加える。
「…そうだな。」
くすりと側で笑った気配がした。
頬が熱い。
出来れば来年も、その次の年も、ずっと先の未来もそうだといいな。
僕にも芦川にもカノジョが出来ず、絢ちゃんや叔母さんも一緒に、こうしていられるといいとすら思ったけど、さすがに言わなかった。
口にしたら、また三谷はお子様だなって目で見られるだろうから。
僕はドアを開けた。
おかえりなさい、随分遅かったじゃないの二人とも。お母さんの声がした。
ローストチキンのいい匂いがあたりに漂ってる。
音楽もかかってる。母さんとっておきのクリスマスソングだ。
Santa Claus is coming to town.
綺麗な英語で、絢ちゃんが歌うのを聞いた。お母さんと芦川の叔母さんが談笑する声。
夜の公園とは別世界の楽しい空気に、一瞬僕は玄関で立ち止まる。
だけど、おい、早く入ろうぜ、と芦川が僕の背を押した。
振り向くと目があい、僕にちょっと笑いかける。僕も笑った。
パーティは今、始まったばかりだ。
END
【あとがき】
お子様クリスマスでラブラブイチャイチャハッピーにしたかったはずなのに、私が書くとどーしてこういう微妙な感じになるんでしょうね…orz
しかも自分としたことがキスすら出来ないプラトニック路線から一歩も前に進んでいない始末。我ながら信じられません。
いや、もう開き直ってます。はい…。
開き直りついでにあとがきを兼ねたワタミツワタ論でも。
中学2−3年くらいまでは、亘より美鶴の方が明らかに精神的にはオトナっぽい「マセガキ」かなと妄想してます。だから美鶴は基本的に亘をお子ちゃま扱いしてて、要所要所でお兄さんぶってみせる。この話もそういう雰囲気で書いたつもりです。
だけどそれは美鶴が真の意味でオトナという意味ではなく、人生の早い段階で無理してそういう態度を身につけただけに過ぎない。要は美鶴の方がすっごいAC。子供な自分を押し込めて甘えや弱さを抑圧しているというか。
でも思春期に入り、自我と向き合わなければなるにつれ、美鶴の方がだんだんその綻びが露呈して不安定な部分が出てくる。迷走し始める。その一方で、15−6歳くらいから亘の方が安定してきて、素直に伸びていく感じだと萌えだなあw
要はここでも「速く走る者が先に辿り着けるとは限らない」の図式を想定してます。だけど運命の塔と違うのは、大人になる方法には一つの行き先や回答があるわけではなく、それが速さを競う者でもないということ(逆に言えば、そのことに気づかなければ成熟には至れない)。
…まあ、そういうわけで、うちのサイトでワタミツでがっつりヤオイ入るとしたら15−6歳ですかね?(結局その話か)
というか、連載中の「イノセント」は基本的にミツルの「迷走」の物語のつもりだったり…する。全然途中で止まってますけど(汗
【追記】
すいません、誤字脱字訂正しました…(07/11/12)
今年のクリスマスはいつもと違う。
「はい、予定通り4時半にいらしてくださいな。やだ、いいですよそんな。ええ、…そうですか?じゃあ…」
電話に向かう母さんの声が弾んでる。話し相手は芦川のおばさんだ。
それを聞いてて僕もうきうきしてくる。
あれは一週間前だったかな。
ねえ亘、今年は芦川美鶴くんのおうちと、一緒にクリスマスパーティすることにしましょう。
母さんが突然そういって、僕は驚きと嬉しいので一瞬声が出なかった。
夏に着たばかりの転校生、芦川のことは時々お母さんに話していたし、うちにも何度か来たから知っていた。
でもいきなり、そう提案してくれるとは思ってなかったんだ。
その日は朝からそわそわしてた。
別に芦川や絢ちゃんがうちにくるのなんて初めてじゃないのに、ピンポーンとチャイムが鳴ったときドキっとした。
母さんがさあどうぞ、と三人を居間へと通す。
一週間前、母さんと飾り付けをしたツリーがお客さんをお出迎え。
絢ちゃんが、わあ!と歓声を上げ、芦川も、おお、と目を瞠った。お前んちのツリー、結構大きいな。
僕の身長より少し小さいくらいのそれは、今日は偽物の雪と沢山の飾りとちかちか瞬くネオンをまとって最上級の出で立ちを披露していた。
芦川の叔母さんが素敵ですねとにこにこする。絢ちゃんがうっとり見上げる。
「うち、ツリーだけは立派なんだよね。」
謙遜して言った瞬間、ほんの少しだけどお母さんの顔が曇ったような気がした。
ごめんなさい、ゆっくりしてらして。まだ準備がすんでなくてとエプロンで手を拭きながらお母さんは台所に戻っていく。
すかさず芦川の叔母さんがかけより、三谷さん、これ、と大きなタッパーの入った袋を差し出した。芦川が横から、これ、飲み物も、と瓶やペットボトルの入った重たそうなビニール袋を台所のカウンターに置く。
あら、まあ、素敵!これ、芦川さんがご自分で?
僕にはよく見えないけど何かの料理だったみたいだ。
芦川の叔母さんとお母さんは、台所の流しに並んで二人楽しそうに話し始めた。
さっきまで僕も手伝っていたローストチキンが、少しずつオーブンの中で美味しそうな色に変わっていく。
お母さんと、僕と、芦川と絢ちゃんと叔母さんと。
静かだった家が、急に賑やかになった。
五人のパワーってすごいやと僕は思った。
いいな。
こういう感じ。
今日はパーティだ。
*
大人の女の人二人が準備をしてくれるので、僕たち子供はそれまで遊んで待っていていいとのお許しが出た。ついでにお母さんの年賀状を投函する役目も仰せつかることになった。1月1日に届くためには今日出さなきゃならないんだそうだ。
絢ちゃんは5時から始まる魔法少女ものアニメがみたいというので、芦川だけが何となくついてきた。僕たちは二人で外にでた。
「あ、ちょっと待って。僕、郵便受けチェックする。」
「帰るときに見ればいいんじゃねえの。」
「でも今見たいんだ。」
手を突っ込んだら、かさりとしっかりした紙の感触。四角い封筒を僕はとりだす。
クリスマスカードだった。差出人は、三谷明。
何気なく芦川がのぞき込む。訊かれる前に僕は言った。
「お父さんから手紙が来た。」
「クリスマスカードだろ。その形。」
「…うん。」
僕は封を開けずにパーカーの大きい前ポケットにそれをしまって歩き出した。
用事が済んだとき、どうせ時間あるだろうからもう少し寄り道しようぜ、急に芦川が提案した。
あたりはもうすっかり暗くなってて、家々の明かりがともり始めてる。
当てもなく歩き、川を渡って、気づくと神社の側の公園まで来ていた。
いつもしてるように、ひんやりする鳥居の柱にそれぞれ寄りかかって空を見上げる。
「お前ん家、すごいちゃんとクリスマスするんだな。日本人の家じゃないみたいだ。」
「うん、お母さんが好きなんだ。そういうの。」
「へえ、楽しそうだな。」
「まあね。」
手を突っ込んだポケットの中で、かさりとさっきの封筒が触れた。
二人には立派すぎるクリスマスツリー。広い家。
僕は本当は知っている。母さんが芦川たちを呼んでくれたわけを。
お父さんは今年から別の家でクリスマスをする。
僕はお母さんと二人だけになっちゃう。
いきなりそれじゃ寂しいから、今年はせめてにぎやかにしようって思ってくれたんだ。
「…芦川んちは、これまでクリスマスどうしてたの?」
ふと、気になってたずねてみた。
「どうしてたって…そりゃ、ケーキ食べたり、フライドチキン食ったり…」
「絢ちゃんや叔母さんと?」
「ああ。他に誰がいるんだよ。」
白い息を吐きながら、芦川が笑う。
「…そうだよね。」
芦川にとってはそれが普通のことなんだ。
お父さんとお母さんがいて、子供がいて、サンタクロースが来る。
そういう「アタリマエ」は当たり前じゃないんだな、改めて思う。
きっと、僕の知らないところでたくさんの子供がもうずっと前からそうだったんだ。
今年から僕もその一人になっただけ。
そうだ。それだけ。たいしたことじゃない。
ポケットの中でぎゅっと拳を握りしめる。
すると芦川が言った。
「でも、叔母さんには悪いことしてるけどな。」
唇のはしに笑みをひっかけるような、ちょっと子供っぽくない笑い方をしてる。時々見せる表情。
「え?どうして?」
「だってクリスマスイブだぜ?俺たちといたくないだろ。」
「そ、そうなの?なんで?」
これだからお子様は、と言わんばかりに芦川は大げさに肩をすくめてみせた。
「どうせなら俺らみたいなガキといるより彼氏と過ごしたいだろ。日本のクリスマスってそうじゃん。普通。」
僕はぽかんと口を開けたまま芦川を見る。
「叔母さん、彼氏いるの?」
「ああ。俺も会ったことあるよ。一度だけだけど。」
平気な顔で答えが返ってきてますます驚く。
彼氏。あの叔母さんに?
急に胸の中にもやもやがたまって、息が苦しいような気分になった。
言葉では上手く説明できない、やな感じ。
なんだろ、この気持ち。
変だなと思ったけど、止まらない。
「悪いなんて…そんなこと、ないよ…。」
つい、びっくりするくらい、切羽詰まった声がでてしまった。芦川が驚きに目を丸くする。
「きっと…だって、家族じゃない。芦川の。家族といて楽しくないはずないよ。」
「…どうしたんだよ。べつに、叔母さんが俺たちといてどう思おうが、お前には関係ないだろ。」
「そりゃそうだけど…」
はは、と芦川がまた笑った。そのあと柱から身を起こし、いたずらっぽいまなざしで僕をじっと見る。
「だいたい、お前だってそのうち彼女とか出来て、そっちの方がいいとかってなるんだぜ。」
ざあっと全身の血が逆流するような気がした。拳をぎゅっと握りしめる。
「…ならないよ。一生無い。」
「一生はないだろ。さすがに。」
「ならない。絶対にそんなの、ない!いらない!!」
僕の剣幕に芦川が気圧されたように後ずさる。
「…何いきなりキレてるんだよ、変なヤツ。」
ふてくされたような声がした。
答えられずに僕は目をそらして、ただ、地面をにらんだ。
まだポケットの中、拳を握ったままだ。
どうしたんだろ僕、本当にお子様みたいだ。今日はおかしいや。
…でも、本当に今日だけ?
ううん。多分、違う。
きっと、ずっと引っかかってた。
カノジョとかカレシとか、よくわからないって気持ちがずっとあったんだ。
特別に大事な人が出来て、その人が一番だから他の人は後回しでいい、そういうのがわけわからない。
お父さんはカノジョを新しい奥さんにした。新しい家族が出来たので僕のうちから出て行った。
その奥さんもお父さんも、僕やお母さんと一緒にクリスマスしようとは言わない。
芦川の叔母さんとなら出来ることが、お父さん達とは出来ない。
お母さんも、お父さんも、お父さんの家族もそれを望んでいないからだ。
みんなですれば楽しいはずのことが、楽しくできない。変なことになってる。
でも変なのは大人達だけじゃない。
僕も、心の中で思ってる。
例え頼まれてもお父さんの新しい家族とクリスマスなんてしたくない。
そんなのきっと楽しくないって。
そんな自分の心もよくわからない。
もやもやして、まるで出口が見つからない迷路にいるみたいな気分。
ダメだな、僕。
せっかくのクリスマスなのに。
だけどそのとき、全然関係のないことに僕たちは救われた。
「おい見ろよ、雪だ。」
芦川の声に空を見上げると、確かに雪だった。さっきまで気配もなかったのに、ちらちらと白い氷のかけらが空から舞い降りてくる。
「珍しいよな。ホワイトクリスマスだ。」
独り言のようにつぶやくのには答えず、僕は黙って瞳を閉じた。
小さな小さな結晶がほてった頬にあたって溶けていくのを感じる。
「芦川はさ…彼女とか出来たらどうするの?」
訊いてみた。
「え?何だよ、いきなり。」
「例えばだよ。中学とか高校とかで彼女が出来たら、クリスマスは速攻そっちと過ごす?」
「…うーん…。」
一瞬、沈黙があった。
僕は目を開けて芦川の方を向く。
「さあ、わからない。場合によるだろ。それに、」
俯いてぽつりとつぶやく声。
「…絢がいるし。」
ふう、と上向きに吐いた白い息に、長く伸びた前髪がふわりとゆれるのをみた。
「…じゃあ、きっと、叔母さんもそういうふうに思ってるんじゃないかな。」
それはわからねえよ、芦川が笑う。
腕を組んだまま、また鳥居に寄りかかって空をあおぐ。
「お前って本当に…どうでもいいのにさ。うちのことなんて。」
そのあと急に黙って、雪が降ってくる雲の向こうを眺めるようなまなざしをした。
少し向こうから照らし出す街灯の明かりで、芦川の上に降り注ぐ細かい雪の粒がキラキラ光ってる。結晶が明るい色の髪に舞い落ちていく。かすかに開かれた唇からゆっくりと白い吐息が漏れるのを見た。
僕は何だかドキドキした。
いつだったか、上級生にからまれてもまるで動じなかった時の芦川を、すげえって思ったことがあった。そのときの気持ちに似ているようで、でも少し違う。
胸のあたりがちょっと痛くて、でも辛いわけでも悲しいわけでもない、不思議な感じ。
じっと見てたら、視線に気づいて芦川がこっちを向く。
僕は慌ててごまかすように言った。
「寒くなってきたし、もう帰ろうよ。パーティも始まっちゃうよ。」
*
帰り着くまでに、淡い雪はやんでしまった。
マンションの階段を上っているときだ。芦川がぽつりとつぶやいた。
「さっき、ちょっと変なこと考えてた。」
「へえ、どんな?」
芦川はためらった。いつもズバッと言うか、だんまりかなのに、めずらしい。
「…俺が今日、お前んちとクリスマス出来るのって、多分、おじさんのおかげなんだよな。」
ほら、普通そんなにしょっちゅう人んちとクリスマスパーティしないだろ。親同士、そんなに知り合いでもない。
だから…まるでおじさんが俺たちのために席を空けてくれたみたいなことになってるなって思ってさ。
「…別にそれでいいとか悪いとか、そういう話じゃないんだ、ただ…ちょっと不思議な気がしてさ。」
目をそらして、低い声で半分独り言のように言うのだった。切れ長の瞳の、長い睫が頬に影を落とす。
「やっぱり俺、変な事言ってるな。」
「ううん。…変じゃないよ。」
段を一歩一歩踏みしめながら、僕は繰り返した。
「全然、変じゃない。」
傷にしみるように、じわっと芦川の言葉が広がって、すぐに他の言葉が見つからなかったんだ。
人と話して、こんなふうに感じたのは生まれて初めてだった。
かじかんだ手で上からポケットを押さえる。封筒の感触。
(…僕も、お父さんの新しい家族に席を譲ったのかな。)
(代わりに芦川がここにいるみたいに。)
父さんがいたら出来なかったクリスマス。
別れがあったから生まれたチャンス。
家のドアノブに手をかけながら、ふと、深い考えはなく言葉が出てきた。
「…来年も、芦川とこうやって一緒にクリスマスできるといいな。」
「俺と?」
僕は慌てて、もちろん絢ちゃんと叔母さんも一緒にだよ、と付け加える。
「…そうだな。」
くすりと側で笑った気配がした。
頬が熱い。
出来れば来年も、その次の年も、ずっと先の未来もそうだといいな。
僕にも芦川にもカノジョが出来ず、絢ちゃんや叔母さんも一緒に、こうしていられるといいとすら思ったけど、さすがに言わなかった。
口にしたら、また三谷はお子様だなって目で見られるだろうから。
僕はドアを開けた。
おかえりなさい、随分遅かったじゃないの二人とも。お母さんの声がした。
ローストチキンのいい匂いがあたりに漂ってる。
音楽もかかってる。母さんとっておきのクリスマスソングだ。
Santa Claus is coming to town.
綺麗な英語で、絢ちゃんが歌うのを聞いた。お母さんと芦川の叔母さんが談笑する声。
夜の公園とは別世界の楽しい空気に、一瞬僕は玄関で立ち止まる。
だけど、おい、早く入ろうぜ、と芦川が僕の背を押した。
振り向くと目があい、僕にちょっと笑いかける。僕も笑った。
パーティは今、始まったばかりだ。
END
【あとがき】
お子様クリスマスでラブラブイチャイチャハッピーにしたかったはずなのに、私が書くとどーしてこういう微妙な感じになるんでしょうね…orz
しかも自分としたことがキスすら出来ないプラトニック路線から一歩も前に進んでいない始末。我ながら信じられません。
いや、もう開き直ってます。はい…。
開き直りついでにあとがきを兼ねたワタミツワタ論でも。
中学2−3年くらいまでは、亘より美鶴の方が明らかに精神的にはオトナっぽい「マセガキ」かなと妄想してます。だから美鶴は基本的に亘をお子ちゃま扱いしてて、要所要所でお兄さんぶってみせる。この話もそういう雰囲気で書いたつもりです。
だけどそれは美鶴が真の意味でオトナという意味ではなく、人生の早い段階で無理してそういう態度を身につけただけに過ぎない。要は美鶴の方がすっごいAC。子供な自分を押し込めて甘えや弱さを抑圧しているというか。
でも思春期に入り、自我と向き合わなければなるにつれ、美鶴の方がだんだんその綻びが露呈して不安定な部分が出てくる。迷走し始める。その一方で、15−6歳くらいから亘の方が安定してきて、素直に伸びていく感じだと萌えだなあw
要はここでも「速く走る者が先に辿り着けるとは限らない」の図式を想定してます。だけど運命の塔と違うのは、大人になる方法には一つの行き先や回答があるわけではなく、それが速さを競う者でもないということ(逆に言えば、そのことに気づかなければ成熟には至れない)。
…まあ、そういうわけで、うちのサイトでワタミツでがっつりヤオイ入るとしたら15−6歳ですかね?(結局その話か)
というか、連載中の「イノセント」は基本的にミツルの「迷走」の物語のつもりだったり…する。全然途中で止まってますけど(汗
【追記】
すいません、誤字脱字訂正しました…(07/11/12)
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