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秋の映画ヱヴァの主題歌から何となく思いついた小篇です。貞エヴァで11巻設定。
If only
こんなことになっても、人間は夢を見るのだと初めて知った。
もしも願いが一つだけ叶うなら、
何を望む?
気づくと自分の部屋にいた。
多分夜なんだろうけど何時くらいなのかも分からない。
部屋は妙に暗くて、僕は座ったままテレビを見てる。
ブラウン管のあかりと上からの照明で、自分の周り二、三メートルくらいだけぼんやりと灯りに照らされているみたいな感じでその外がよく見えない。光の環のふちがぼやけて暗闇に滲んでいる。
どうしてここにいるのか、今までどこにいたのかよく思い出せない。
「ご苦労様。」
突然声がしたから振り向く。ぎりぎり光のふちに届くくらいの位置にあいつが立ってた。
銀色の髪が朧気に光ってる。肌が白いな。改めてどうでもいいことをふと思った。しかも白いTシャツなんか着てるもんだから、全身ぼんやりと光っているようにみえてきた。寝ぼけてるのかな、慌てて目をこする。
「ご苦労様って、何が?」
「あれ、思い出せないの?」
声の主が僕の傍らに腰を下ろし、じっとのぞき込むように顔を近づけてきた。赤い瞳が至近距離で瞬き、相変わらずのちょっとなれなれしい接近のしかたに僕はたじろぎ顔を背ける。だけど相手はまるで空気を読まない。
「僕たち、大きい仕事をしてきたじゃないか。」
「…そうだっけ。」
「あは、覚えてないんだ。」
僕が答えられないでいると、まあいいや、と独り言のようにつぶやく声とため息のような気配がした。
細長い手足がにゅっと視界の中に無造作に突き出されたのでぎょっとして振り向くと、そいつは床一面に細い身体をごろりと仰向けに横たえて、天井をぼんやりと見つめていた。
「おい、こら、変なところに寝転がるなよ。」
僕はよくわからない焦りを感じて言った。だが相手は、ふー、と弛緩したように息を吐いて切れ長の瞳を伏せる。長い銀色の睫が頬に影を落とす。
「疲れちゃったんだ。…眠らせてよ。どんな場所でもいいから。」
「ここにベットはないぞ。」
本当にないのだった。
相変わらず隅の方は暗闇に沈んで見えない。そのとたん、
(あれ?僕はいつもベットに寝ていたんだっけ。それとも…)
それすら怪しくなってきて、内心僕は慌てる。
(どうして何も思い出せないんだろう…)
ひそかに狼狽えていると、声がした。
「ねえ、変なこと話していいかな。」
いつの間にか切れ長の瞳がこっちをみてた。ルビーみたいな色の虹彩が白熱灯の光にきらりと光ってみえてどきりとする。
「…いつも、変なことばっかりいうくせに。」
「そうかな。」
「そうだよ。」
「猫に、かわいそうなことをしたって…思ってさ。」
「猫?」
「うん。覚えてるだろ。あの日、ピアノの側で鳴いてた。」
「…ああ。」
随分遠い昔のような気がした。
「今頃分かったのか。残酷なことしたって。」
「選べないんだ。猫は。」
「え?」
「僕には自由意志があるけど、あのときの猫は違った。…そのことが、やっとわかったのさ。」
でももう遅いんだなあ。笑ってまた目を閉じた。赤い輝きが隠される。
もう遅い?そういったとき、ちくりと、胸が痛んだ。
なんだ?この感触。
しばらく沈黙があった。あたりはどんどん暗くなってくる。
僕は天井を見上げた。豆電球みたいな頼りない光だけど電灯はついている。
でも灯りが弱くなってるわけでもない。
むしろ暗闇が少しずつ押し寄せてくるみたいだった。
変だな、と思ったけど立ち上がる気になれない。
確かに僕も疲れているようだった。
でもどうして?
そのとき、囁くような声がした。
「ねえ、お願いがあるんだ。きいてくれる?」
「何だよ。」
「その手で…」
「手が、何?」
「…僕に、触れてくれないかな。」
頭を撫でて欲しいんだ。もう一度、そう言った。
(もう一度…?)
ホントに変なヤツだなと思ったけど、僕の方にもう拒否する気力が無かった。
言われるまま、殆ど手探りでそいつの額に触れてやる。さらさらの髪が指の間をすべり、少し温度の低い肌がひんやりと吸い付くみたいに感じた。
「うん、そういう感じ。よく眠れる…」
(なんで僕は男の頭なんて撫でているんだ。)
手を離そうとした。だけど僕の指はさり気なく僕の意志に逆らい、額から閉じた目蓋、頬を伝う。相手は身じろぎ一つしない。
そして唇へと触れた。
柔らかい。
どこかで、
知っていたような感触。
(そうだよ。)
囁き声が響いた。いつの間にか闇が押し寄せていて、視界の中、輪郭だけが青白く浮かび上がってる。口を動かしたようには見えなかった。
(そうやって…残すんだ。)
「え?…何を?」
途端、あたりがついに真っ暗になり、僕は狼狽する。
停電かな?最近はなかったのに。
(僕の、感触を、その指に、)
え?
(…永遠に。)
ふっと気配がかき消えた。
おい?
待てよ、おい、
……。
あれ?
そういえば、僕、あいつを何て呼んでたんだっけ。
…あいつになんて呼ばれてたんだっけ?
思い出せない。
そのことに気づいたときだ。僕は目を開けた。
見慣れた天井、また自分の部屋だった。
夕暮れ。オレンジ色の光が視界を満たす。
今度は夢じゃなくて、僕は全てを思い出した。
「渚、カヲル。」
口走った。喉が掠れて、声にならない空気が漏れて、その途端、
涙が流れ出したんだ。
あふれて、止まらなかった。
だって思い出してしまったから。
そうだ。
きっといつまでだって忘れない。
忘れられない。
この手が、目が、唇が覚えている。
渚カヲル。
一度しか名前を呼んだことない、変なヤツ。
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