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休憩時間(1)の続きです。
2.
そして今、二人静かな部屋にいる。クリーム色の壁紙に淡い照明。
「すごい、音、全然聞こえないね。」
「…そうだな。」
「二人っきりだね。」
「……ん。」
手と手が重なる。
もう声を殺さなくてもいい。
大声で、名前を呼んでもいいのだった。
みつる、みつると何回呼んだろう。
何かの後遺症かもしれない。
呼び続けていないとどこかにいなくなってしまいそうな気がするんだ。それは僕だけかな。
そんな不安も束の間、わたる、と苦しい息で囁かれた幸せにかき消される。熱い頬。汗ばんだ肌。
夢中の時間は瞬く間に過ぎた。
今は二人、心地よい気怠さの中に寄り添いながら、白い布団に埋もれてる。
しばらく無言だった。
ふと、美鶴が口を開く。
「何考えてる?」
「え、別に。」
「うそだ。ろくでもないこと考えてる顔だ。」
たいしたことじゃないんだよ、と亘は流そうとしたが、美鶴の視線に思いとどまり、口を開いた。
「美鶴はさ、後悔してない?」
「…何をだ?」
「僕とつきあったこと、とか。」
「何だよいきなり。」
「つい考えちゃってさ。」
「…お前は?後悔してるのか?」
「僕?まさか。するわけないでしょ。」
「なら、俺に訊くなよ。無駄だから。」
「え?どうして?」
「…いちいちそんなこと訊くなってことだよ。」
「って、つまり?」
知るか、自分で考えろ。捨て台詞を吐いて美鶴が背中を向ける。薄闇の中でもそれと解るほどその頬が赤いのにさすがの亘も気づいた。
嬉しくなってまた身を寄せる。
もうすぐ時間が無くなるからシャワーを浴びなきゃならない。
名残を惜しんでじゃれるように愛撫すると、美鶴が困惑した声で、おい、また始める気かよ、時間無いぞ、とまともに慌てるのがおかしくて幸せで亘はくすくす笑った。
ふざけて強く抱きしめて湿った髪に顔を埋めたときだ。
さっきの入り口での光景がほんの一瞬蘇った。
(さっきの人たち、笑ってた。)
(そして僕は、今、こうしてる僕たちの幸せを、僕を選んでくれた美鶴の気持ちを笑われたように感じたんだ。)
(たいしことじゃない。わかってる。)
(きっとこれからもこんなこと、いくつもあるんだ。)
怒りはもう感じていない。
ただ、そうわかっていても少しだけ悲しいのだった。
強がった美鶴の横顔を思い出したからだ。冷笑しながら、名前も知らない二人への軽蔑を口にした。遠い外国で起きる暴力の話までした。
美鶴がそういう話をするのはこれが初めてじゃなかった。そしてそんなときの彼の瞳は、己の過去を語るときと少しだけ似た光を宿す。
自分の存在を否定する者に対する、怒り。
そのことに、亘は気づいていた。
何も知らない人間の不用意な嘲りゆえに生まれた、刹那の憎しみ。
(…どうして、こうなるのかな?)
(あのひとたちも僕たちも、同じように好きな人と愛し合うためにここに来ただけのに。)
まるでわかりあえない。互いに馬鹿にしたり、憎んだり。
微かに寂しさに似た気持ちが通り過ぎて、美鶴の体温の心地よさの中に溶けて、消えた。
電車の中で、二人とも言葉少なかった。ただ、互いの存在を傍らに感じていた。
駅につくと美鶴は、叔母さんと6時半に約束してたのギリギリだな、と時計を見た。日常の時間が流れ出す。
自転車を押しながら亘は言った。
「後ろ、乗ってく?」
「いい、方向違うだろ。多分走れば間に合う。」
「乗ってよ。」
「お前より俺の方が重いぞ。」
「嘘だ。背はまだ美鶴の方がちょっと高いけど、僕の方が体重あるよ。」
「そういや、こないだ二限目で早弁してたな。見たぞ。」
笑いながら美鶴が荷台に跨る。亘は勢いよくペダルを踏み込んだ。
重たげに、でも確かなバランスで、車輪が滑り出す。風を切って。
「6時20分、余裕でセーフだったね。」
自転車が止まったとき、背中に美鶴が額を当てたのを感じた。
今日、ありがとう、と囁くような声。
うん、僕も、と亘はうなづいて、ちょっと言葉に詰まってる間に美鶴はさっさと自転車を降りる。
また忙しい日々が始まる前にキスくらいしようか、それが無理ならせめて手くらい握ろうか、と思いを巡らす間もなく、じゃあな、とそっけないくらいの態度で身体が離れ、振り向くと手をあげてきびすを返す美鶴。
自転車に乗ったままの亘の横を、歩行者が通り過ぎる。
あ、そうか、横に人がいたんだ。
僕がどきどきしてる間にも、美鶴はきっと気づいてた。注意深く周りを見てた。
そのまま遠ざかる後ろ姿を見送る。見つめる。
胸にこみ上げる気持ちがあった。
ねえ、美鶴。
僕たちはまだコドモで、
いっしょにいるにもこうして周囲を伺って、みんなに秘密にして、
……だけど、思うんだ。
いつか、多分そう遠くない将来、僕たちは大学に入って、沢山バイトして、自由になる時間もお金ももっと増える。
住む家だって変わるかもしれない。
就職したら、尚更。
僕たちだけじゃない。
世の中だって動いているから、その頃には何かがもっと変わってるかもしれない。
その時まで、側にいられるかな?
……いられるといいな。
そして出来ればその後も、ずっと一緒に。
ラブホ帰りの帰り道、自転車をこいで慣れた道を辿りながら必死に考えた。
疲労感、電車に揺られた数十分前、横にいた愛しい人の横顔を思い浮かべる。
何も知らなくて、不安で、だからこそひたむきにただ前を見た。未来を夢見た。
風薫る、初夏の夕暮れのことだった。
END
【作者後記】
何か純愛路線で。
ちなみに、ラブホで陰口叩かれたネタは、あるお方から頂きました。
また、高校生二人が初ラブホってどういう感じですかね?なしょーもない萌えトークにもつきあっていただき、色々とご助言およびご協力いただきました。
ありがとうございます。改めてお礼を述べさせていただきますm(_)m
ワタミツでつい使ってしまって…何だかもうしわけないですが。
なお、実際の台詞とは少し変えました。あと、男性同士の場合と女性同士の場合で、多少周囲の反応も違うのか、同じなのか…ちょっとよくわかりません。まあ、でもいずれにせよ、新宿あたりまで行っても、好奇の目で見られるっていうのはなくならないんだなあ。
すぐ側に聖地(?)があることを考えれば、ある意味、不思議かもしれない。
高校生ラブホであと気になるのはお金関係ですが、このさいそれはスルーしてしまいました。
きっと二人はそこそこバイトもしてるだろうということでw
そして今、二人静かな部屋にいる。クリーム色の壁紙に淡い照明。
「すごい、音、全然聞こえないね。」
「…そうだな。」
「二人っきりだね。」
「……ん。」
手と手が重なる。
もう声を殺さなくてもいい。
大声で、名前を呼んでもいいのだった。
みつる、みつると何回呼んだろう。
何かの後遺症かもしれない。
呼び続けていないとどこかにいなくなってしまいそうな気がするんだ。それは僕だけかな。
そんな不安も束の間、わたる、と苦しい息で囁かれた幸せにかき消される。熱い頬。汗ばんだ肌。
夢中の時間は瞬く間に過ぎた。
今は二人、心地よい気怠さの中に寄り添いながら、白い布団に埋もれてる。
しばらく無言だった。
ふと、美鶴が口を開く。
「何考えてる?」
「え、別に。」
「うそだ。ろくでもないこと考えてる顔だ。」
たいしたことじゃないんだよ、と亘は流そうとしたが、美鶴の視線に思いとどまり、口を開いた。
「美鶴はさ、後悔してない?」
「…何をだ?」
「僕とつきあったこと、とか。」
「何だよいきなり。」
「つい考えちゃってさ。」
「…お前は?後悔してるのか?」
「僕?まさか。するわけないでしょ。」
「なら、俺に訊くなよ。無駄だから。」
「え?どうして?」
「…いちいちそんなこと訊くなってことだよ。」
「って、つまり?」
知るか、自分で考えろ。捨て台詞を吐いて美鶴が背中を向ける。薄闇の中でもそれと解るほどその頬が赤いのにさすがの亘も気づいた。
嬉しくなってまた身を寄せる。
もうすぐ時間が無くなるからシャワーを浴びなきゃならない。
名残を惜しんでじゃれるように愛撫すると、美鶴が困惑した声で、おい、また始める気かよ、時間無いぞ、とまともに慌てるのがおかしくて幸せで亘はくすくす笑った。
ふざけて強く抱きしめて湿った髪に顔を埋めたときだ。
さっきの入り口での光景がほんの一瞬蘇った。
(さっきの人たち、笑ってた。)
(そして僕は、今、こうしてる僕たちの幸せを、僕を選んでくれた美鶴の気持ちを笑われたように感じたんだ。)
(たいしことじゃない。わかってる。)
(きっとこれからもこんなこと、いくつもあるんだ。)
怒りはもう感じていない。
ただ、そうわかっていても少しだけ悲しいのだった。
強がった美鶴の横顔を思い出したからだ。冷笑しながら、名前も知らない二人への軽蔑を口にした。遠い外国で起きる暴力の話までした。
美鶴がそういう話をするのはこれが初めてじゃなかった。そしてそんなときの彼の瞳は、己の過去を語るときと少しだけ似た光を宿す。
自分の存在を否定する者に対する、怒り。
そのことに、亘は気づいていた。
何も知らない人間の不用意な嘲りゆえに生まれた、刹那の憎しみ。
(…どうして、こうなるのかな?)
(あのひとたちも僕たちも、同じように好きな人と愛し合うためにここに来ただけのに。)
まるでわかりあえない。互いに馬鹿にしたり、憎んだり。
微かに寂しさに似た気持ちが通り過ぎて、美鶴の体温の心地よさの中に溶けて、消えた。
電車の中で、二人とも言葉少なかった。ただ、互いの存在を傍らに感じていた。
駅につくと美鶴は、叔母さんと6時半に約束してたのギリギリだな、と時計を見た。日常の時間が流れ出す。
自転車を押しながら亘は言った。
「後ろ、乗ってく?」
「いい、方向違うだろ。多分走れば間に合う。」
「乗ってよ。」
「お前より俺の方が重いぞ。」
「嘘だ。背はまだ美鶴の方がちょっと高いけど、僕の方が体重あるよ。」
「そういや、こないだ二限目で早弁してたな。見たぞ。」
笑いながら美鶴が荷台に跨る。亘は勢いよくペダルを踏み込んだ。
重たげに、でも確かなバランスで、車輪が滑り出す。風を切って。
「6時20分、余裕でセーフだったね。」
自転車が止まったとき、背中に美鶴が額を当てたのを感じた。
今日、ありがとう、と囁くような声。
うん、僕も、と亘はうなづいて、ちょっと言葉に詰まってる間に美鶴はさっさと自転車を降りる。
また忙しい日々が始まる前にキスくらいしようか、それが無理ならせめて手くらい握ろうか、と思いを巡らす間もなく、じゃあな、とそっけないくらいの態度で身体が離れ、振り向くと手をあげてきびすを返す美鶴。
自転車に乗ったままの亘の横を、歩行者が通り過ぎる。
あ、そうか、横に人がいたんだ。
僕がどきどきしてる間にも、美鶴はきっと気づいてた。注意深く周りを見てた。
そのまま遠ざかる後ろ姿を見送る。見つめる。
胸にこみ上げる気持ちがあった。
ねえ、美鶴。
僕たちはまだコドモで、
いっしょにいるにもこうして周囲を伺って、みんなに秘密にして、
……だけど、思うんだ。
いつか、多分そう遠くない将来、僕たちは大学に入って、沢山バイトして、自由になる時間もお金ももっと増える。
住む家だって変わるかもしれない。
就職したら、尚更。
僕たちだけじゃない。
世の中だって動いているから、その頃には何かがもっと変わってるかもしれない。
その時まで、側にいられるかな?
……いられるといいな。
そして出来ればその後も、ずっと一緒に。
ラブホ帰りの帰り道、自転車をこいで慣れた道を辿りながら必死に考えた。
疲労感、電車に揺られた数十分前、横にいた愛しい人の横顔を思い浮かべる。
何も知らなくて、不安で、だからこそひたむきにただ前を見た。未来を夢見た。
風薫る、初夏の夕暮れのことだった。
END
【作者後記】
何か純愛路線で。
ちなみに、ラブホで陰口叩かれたネタは、あるお方から頂きました。
また、高校生二人が初ラブホってどういう感じですかね?なしょーもない萌えトークにもつきあっていただき、色々とご助言およびご協力いただきました。
ありがとうございます。改めてお礼を述べさせていただきますm(_)m
ワタミツでつい使ってしまって…何だかもうしわけないですが。
なお、実際の台詞とは少し変えました。あと、男性同士の場合と女性同士の場合で、多少周囲の反応も違うのか、同じなのか…ちょっとよくわかりません。まあ、でもいずれにせよ、新宿あたりまで行っても、好奇の目で見られるっていうのはなくならないんだなあ。
すぐ側に聖地(?)があることを考えれば、ある意味、不思議かもしれない。
高校生ラブホであと気になるのはお金関係ですが、このさいそれはスルーしてしまいました。
きっと二人はそこそこバイトもしてるだろうということでw
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