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2月があっと言う間に、そして一年もあっと言う間に。

2月があっと言う間に過ぎていって驚いてます。
仕事がいそがしかったというのもあり、なんか気づいたらもう月末見えてきそうって感じ。
あと、ちょうど去年病気で入院してから一年が経って、ああもうそんなに経つんだって感慨に耽ったりしてました。

振り返ってみるとこの一年は、何だかドラマチックで、ちょっと二次創作は元気がなかったなあ、と思います。それでもエヴァの二次小説とか、一番キツかったときに仕上げていて、何とか終わらせてるから自分頑張ったなと思ったり。

余り詳しいことを書かない方がいいのだとは思いますが、セクシュアリティのことも含め、このサイトが自分にとって避難所だったというのはあるので、部分的に書いてしまいます。何かそういう気分になってしまった。

病気は婦人科系の結構まずい病気でした。幸い、外科手術だけで済んだし、今は健康的そのものとなったけど、自分はもう一生子どもを持つことはないでしょう。本気でホムンクルスみたいな存在になってしまったのです。
自分でもおかしいんですが、手術まであと一、二時間という朝にiPadでエンビたんの絵を描いたのをよく覚えています。自分としては結構いい感じに描けたので満足だった。何かあっても悔いはないって思った。

手術の傷を治しながら、性別適合手術を受けた性同一性障害の人の体験談を読んだりしてました。私はさすがに外見は変えていませんが、ごく部分的にはFTM(女性→男性)の人の受けた手術と一緒のことを体験したので、気になったのです。
FTMの方の場合、手術で乳房や子宮がなくなることで「あるべき身体に戻った」と感じる人が多いそうです。私は全くそうではなかったので「私はやはりFTMの人とは大分違うのだな」と思いました。ただ、他の人と同じような形で女性であったのかはわからないし、今でもよく分かりません。というか、自分が今何なのか、時々不思議な気持になります。

もちろん、周りの人は「あなたは何も変わっていない」というメッセージを発していますし、そもそも入院中に私のような手術を受けた人のための心理ケアの時間があって、今後の生活で気をつけるべきことに加えて、「あなたが女性であることはこれからも全く変わりません」ということを看護師から説明されます。確かに手術の前とあとでさほど変わっていない、というのは実感なのですが、しかし「女性ですよ」といわれて「はいそうですか」と素直に言えない気持を抱えていた人は、どう思えば良いのか。よくわからないような気持がわいたのも事実です。

ただ、前よりも身体が身軽になってしまったような感覚はある。

自分の身体にあるどの細胞も、今考えているこの私が死ぬときに全部滅びてしまうと思うと、まるで自分の身体が沈むしかない船のように思えて悲しくはあるのですが、ただ、この身軽な感じは、もともと私の精神のあり方にあっているような気がするんです。

その意味では、私も「あるべき身体に戻った」のかもしれない。

それを実感したのは(ますますここで書くべきか分からないですが)、手術のあと初めてヤったときのことでした。そのときの相手は異性で、ついでに言うと若くてかわいかった。色々あるので省きますが別につきあってはいません。
で、まあぶっちゃけその時、性病の心配以外しなくていいっていう身軽さに、ちょっと自分でたじろいだ。生殖能力のある女性がそれと意識せずに背負うリスクの重さが、自分にはなくなってしまっていることに気づいたんです。つまり、女性とするときと同様、私はこの人たちと何をしてももう身体が重くなる心配はない。
ああほんとに、自分にとっては本当の意味で女も男も等価になったんだなあ、と感じました。私は以前から、バイでそれも妙に自由に色々やらかしてきていたのですが、この年にして、そんな自分に適した身体になってしまった。

同時に、ほんと自分は変わらないというか、いくつになってもこうやってよくわからない人間関係をごちゃごちゃ紡いで、それで疲れてぼやいたり、刺激されて創作したり、そういうことを続けていくんだろうなあって思いました。

まあそれでもいいので、とにかく今はだらだらと長生きしたいです。















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