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言葉(2)

*別ジャンルに分類された言葉(1)【eva カジカヲ】と連作です。



僕は不思議でならなかった。

気づくと彼は、いつも難しい本を読んでいた。
子供の僕には、タイトルだけでは何を言っているのかわからないこともあるような。

だけど、彼は変な風にしゃべる。
発音がおかしい。時々、間違った言葉遣いもする。

どうしてだろう?
あんなに難しい本が読めるのに。


あるとき僕は彼に訊いた。
どうしてそういう話し方をするの。

そしたら彼は、大きくなるまで自分は別の言葉を使っていたからだと答えた。

ちょうどお前くらいの年になるまでね。
へえそうなんだ。

後から勉強したから、発音までは直せなかったといった。




少し時がたったある日、僕は偶然ネットで、彼の母語が書かれたページをみつけた。
古い文明を持つ大きい国、だけど今はひどく貧しくて、世界各国に移民や難民を送り出してる国の言葉だった。
僕には全然理解できない、複雑な模様のような文字が所狭しと詰め込まれている。
面白半分に印刷して、彼に見せた。

ねえ、これ読んでみて。

ぼんやりとした眼差しを彼が紙面に注ぎ、一瞬の間があいた。

読めないね。
どうして。話せるんでしょう?
話せるけど、文字は読めないよ。
え、どうして?
習わなかたから。



どうして、どうして、と問いを繰り替えす自分を馬鹿みたいに思ったけど、敢えて訊いた。

学校で、習わなかったの?

口に出してみてから、そういえば僕自身家庭教師に全て教わったから、学校の事なんて知らないんだっけと気づく。

学校なんてワタシの育た場所には無かたよ。今話せる言葉も読める文字も皆、自分で勝手に覚えたね。

彼の故郷にはそういえば、学校どころか何も無かった、と僕は今更ぼんやり思い出した。



…自分の言葉を読めるようになりたいって、思うことはないの?


つい、また質問を重ねてしまったのは、不意に寂しさに似た気持ちを感じたから。

どうしてだかわからないけど、でもそれは多分僕が、
生まれたときから一つの言語に囲まれていて、
物心ついたときから最後の息を引き取るそのときまでずっと、
頭の中で自分の思考を構成し続ける言語は一つと信じ込んでいたからに違いなかった。

そして読み書きはその唯一の言語を完成させるためにあるのだろうと思っていて、
だけど、そんな当たり前に思っていたことが当たり前でない人を初めてみて、
何となく動揺した、要はそういうこと。


ちゃんと話せる言葉で読めず書けず、
読みこなせる言語では間違った話し方しか出来ない。
そんな彼は、何か大事な物を失ってきたんじゃないか、勝手にそう思い込んだんだ。



読めるに越したことないけど時間の無駄ね。
時間の無駄?
今使てる言葉、大抵の場所で通じるね。ワタシが行きたい場所にはそれで充分。


そう言って彼はふと黙り、視線がほんの刹那、僕を通り越して遠くを見た。
だけと次の瞬間また僕を見て、ふっと薄く笑う。


言葉にも強い言葉と弱い言葉があるね。人間と同じよ。
弱い言葉を最初に習た、ワタシは少し運が無かたね。


金持ちの国が、多くの人が話してる言葉は強いんだと彼は言った。
何処でも通じて沢山面白い本があって、何より金儲けに役立つ。
だからみんなが習いたがる。
すると、もっとたくさんの場所で通じるようになる。
多くの人がその言葉を使って働き、考え、ものを生み出す。
富が、知識が、文化が、更に結集していく。
豊かなものはもっと豊かに、強いものはもっと強く。


あの言葉で読めても、さほど読みたいものが無いよ。
大事なことは大抵、強い者の言語で書かれてるね。


法律も、科学も、文学も、哲学も。

(昔植民地だった貧しい国の法律は、大抵宗主国の言語で書かれてる。)
(そうでなければ、翻訳する。覇者の言語で生み出された体系を。)


弱い言葉は……奪われ続けて、忘れられていくだけね。


自分の言葉は暇つぶし程度のお喋り以外役に立たない、それも最近はしてないのですぐには出てこない、
もう忘れかけているとすら彼は言った。





だけど僕は聞いた。

苦しい戦いのさなか、
傷ついた彼の口から漏れた、怒りの叫び。

全く理解出来ない音の連なり。
それは音楽のように心地よく耳に響いた。
朗々と響き渡った声の、なんていう力強さ。


意味はわからないけれど、でも、まるで、押さえられていた何かが噴出したような激しさで、
それがゆえに、僕の奥深いところを揺さぶった。


弱い言語?
そんなこととても思えない。

聞き慣れないがゆえに鮮烈で、
不可解ゆえに記憶に刻み込まれた。




忘れられ、見捨てられていく言葉だとあなたは言った。
文化も無く虚ろで、くだらない雑談にしか役立たない言語だとあなたは言った。


でも、ただ奪われ続けるだけのものがあるだろうか?

(失われたものの分だけ、強められた思いが有りはしないか。)
(沈黙の影に、他愛無い日常のお喋りの中に、それは沈殿し、)
(ついにはある日止めようも無く、外界へと突き抜けてしまう意志となるのではないか?)
(————ちょうど、今のあなたのように。)


貧しいものは、いつまでも貧しい?

(でも、だとしたら———今のあなたは存在しなかった。)
(だって、あの場所で生まれ朽ちていくはずだったのに、仲間と世界を駆けて此処まで来てる。)
(そして…僕とも出会った。)




あなたの口から流れ出るその旋律を、僕が理解する日はきっと来ない。


だけど、僕は絶対に忘れないだろう。

あの日あなたが発した叫び、

世界へと突きつけられた挑戦そのもののような、
あの声を。



————
妄想ばかり。一応、言語編二部作ってことで。
片方はエヴァっぽく、片方はハンタ…。
バイリンキャラを勝手に濫用。
それにしてもなんか、書き散らしてます…最近。
進めたいものは全然進まず(汗
嗚呼。何だか色々すいません。
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