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七夕(2)

(1)の続きです。
2.

その夜、電話が来た。
洗い物をしていた僕に、亘、お友達から電話よ、とお母さんが言うから出たら芦川だった。

「お前、うちに月曜提出のプリント忘れていったぞ。」

えっと思って考えてみれば、芦川に宿題を説明するつもりでもっていったのは良いが、そのまま忘れていたのだった。
届けに行ってやるけどお前の家まで行くのはダルいから今から神社のところまで来いよ、と相変わらずの素っ気ない口調で、だけど昼間より少し元気そうな声で言って電話は切れた。



待ち合わせの境内に芦川はに先に来ていた。
届けに来てくれてありがとう。僕は言った。

「お前、やっぱどこかぬけてるよな。」
「…うるさいな。」

芦川がプリントを差し出し、ちょっと笑った。唇の端だけひっかけるような、見慣れたあの笑い方で、なんだかほっとした。

そのまま帰ろうとしたのを引き止めて、うちからジュースを持って来たのをお礼だよと渡した。本当は誕生日プレゼントになりそうなものがあればと思ったんだけど、急に呼び出されたから無理だった。

渡したのはスプライトだった。よく冷えてるな、お前の分もあるのか、ならここで飲んでこうぜと二人ベンチに腰掛けて天を仰ぐ。

「雨が降るかと思ってたけど、晴れたね。星が見えるよ。」
「都会にしてはよく見える方だな。」

星を数えながら、ふと懐かしい感じがした。二人並んでこのベンチに腰掛けてたことがあったな。
いつだっけ?ジュースを一緒に飲んだ。
少し考えて、すぐに気づく。違う。あれはこの芦川じゃない。もう一人の…

「三谷?」
「え、ああ、ごめん。」

二年も経つのに、ときどきこうやって昔の思い出に引きずられてしまう。僕の悪い癖だった。気持ちを切り替えなきゃ、そう思って話題を変える。

「そういえば七夕様…なんだね?芦川の誕生日。」

すると突然、冷たい声が響いた。

「誕生日は嫌いだ。」

僕がはじかれたようにはっと振り向くと、芦川は我に返ったような表情をした。そして、ごめん、と聞き取れないくらいの声でつぶやいた。

「…うちの親のこと聞いて、もう知ってるんだろ。」

え、と僕は声にならない声をあげる。いきなり何の話をされてるのか分からなかった。確かに同じ小学校から来た僕らに噂はもう広まっているけれど…

「俺の誕生日に死んだんだ。だから…」


そのとたん、頭の中に映像が点滅した。
今日真昼に見た青い空の色。

そうだ、僕はまた思い出してしまっていたのだ。
あれはこの芦川が知らない遠い場所での記憶だった。
僕はもう一人の彼——ミツルと、凍てついた北の国の大陸にいた。
異郷の地で、暗い、ヒトの心の闇を映す鏡に映り込んでいたのは、どこか懐かしい風景。
もういない、あのミツルの記憶に刻み込まれた映像。
現世の決まり事を超えたあの世界で、本当なら見る事の出来ないその光景を僕は見てしまった。
真夏の空、雲、濃い緑の木立、立ち並ぶ一戸建ての家並をこどもが一人、帰って行く。
軽い足取りで。

声。重なる声。サイレンのけたたましい、音。
『痛ましい心中事件です。会社員の……さんが、妻の…さんとその知人の男性を…』


封鎖された扉。
二度と戻れない、封印された空間。




ミツルしか知らないはずのあの風景を、断片の光景を、僕は見ていた。
なにも出来ずに、ただ呆然とみてた。
氷の壁に閉ざされるまで。


幻界の記憶がない芦川は、保育ママに預けられていた妹のアヤちゃんと二人で「あの日」を生き延びていた。本人から聞いたんじゃない。噂好きの近所の小母さんからうちの親を通じてそれとなく耳に入ってきたことだ。
その日芦川が何をみて、何を思ったのか、僕は全然知らない。
僕の記憶の中にある「彼」の記憶とは同じでないだろう。わかっている。
だけど——


「…何でこんなにいやなのか、自分でもよくわからないんだ。」
「え、でも…」

辛いことがあったんだから、仕方ないよと言おうとした僕を遮るように芦川が力なく首を振る。

「だってくだらないじゃないか。例えば7月7日と7月8日、一体何がどう違う?ちょうど6年目と、6年と一日経った今日の何が違う?何も変わらないんだ。どれも同じ24時間だ。」
「芦川…」

いかにも理屈っぽい芦川らしい言い様。一生懸命冷静さを装って淡々と話してる。でもそれが今は悲鳴のように聞こえた。

「それなのに…7月7日が近づくと俺はまたおかしくなった。去年も一昨年も、その前もずっとそうだった。測ったみたいなタイミングで身体が言うこと聞かなくなって…7日には最悪になる。墓参りにもいけやしない。一人で留守番して過ごす。頭だって…おかしくなる。昨日家族にはひどいこと言ったし、さっきも…。」

そこで一息呼吸を入れた。薄い胸が上下する。

「お前に誕生日のこと言われて意味無くむかついた。」
「……。」
「わけ、わからない。…て、いうか…お前にこんな話してること自体、ものすごく変、だな…。」

わざと感情を押し殺したような声が掠れて、芦川は押し黙った。
俯いた細い横顔を夜風が撫でる。伸びた髪がそよいで頬を撫でる。静かな顔は表情がなくて、まなざしはどこか遠くを見ていた。

僕は知ってる。そういう目をする人は、いつも心の一部がどこか遠いところを向いている。
それは過去の遠い時間だったり、必死で追いかけている未来だったり、またはどこにもない場所だったりする。

いつも、いつも、たましいが何かに捕らわれたまま、さまよっている。

あの冒険が結局、僕の中で終わっていないみたいに、芦川の中では遠い日の記憶がずっと生き続けている。

変わった運命の中でも、ミツル…芦川は、苦しんでいる。



心が、痛いと思った。


同情したからってだけじゃない。強い罪悪感があったからだ。


だって、ほんの一瞬、嬉しいと思ってしまった。


その眼差しで、僕の知っているあのミツルを思い出したから。
(血の記憶だけが、異なる運命を結びつける。)

ただもう一度、会いたかった、その人のそばにいるような気がしてしまったから。

(…もういないのに。)

(僕の願いが、「彼」を消した。)


——僕は、どうすればよかったんだろう。

中途半端に未来を望んでしまった、その結果がこれ。
今更ながら思い知る。

これは罰かな。それとも試練?




(3)につづく
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