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冷たい指

ブレイブストーリーの二次創作。何年ぶりになるかわからない更新です。
ずっと前に書きかけていたものを終わらせました。

家庭が不幸そうな女の子と行きずりのキスをした芦川美鶴のことを思って、三谷亘がやきもきするという需要のなさそうなネタです。(ちなみに私はワタミツ派で、亘はヘタレ攻設定です)
ただ、芦川の影みたいなものを書きたかったので、自分としては完成させられて満足です。




少年と少女が向かい合って立っている。
二人ともまだ幼くて、少女の方が少しだけ背が高い。

…なんだ、お前はそんなもんが、欲しいのか。

あたしのこと、きらいになった?

何それ。もともと好きでも嫌いでもねぇよ。

意地悪。

そんなの、知ってんだろ。

でもあたしは大好き。

……。






芦川美鶴が6年の女子とキスしたっていう噂が広まったのは、冬休みが終わった頃のことだった。

相手は亘も顔だけみたことある。背が高くてオトナっぽい女の子だった(カッちゃんによると胸も大きいらしい)。
ちょっと不良っぽくて、一ヶ月のうち半分くらいは不登校で、タバコ吸ってるとか、ナンパされたことがあるとかの噂もあった。多分6年の間じゃ有名人。
でもお正月が来る前に転校していって、今はいない。

キス、キスって…どういうこと?
その話を初めて聞いたとき、柄にもなく動揺してしまった。でも昇降口で会ったら、芦川が「よう」なんて何食わぬ顔で挨拶してくるから聞けなかった。代わりにこう声をかけた。

「芦川、今日、うちに宿題しにくるんだよね?」
「…え、ああ。」

とっちめてやろうと思った。芦川は口が硬いから、こういう場合、はっきりとはきっと教えてくれない。だいたい今まで何も言わなかったのがその証拠だ(噂はもういないその女子の側から来ていた)。
でも二人きりになったら、きっと芦川でもはぐらかせないだろう。

一人でこんなこと考えて盛り上がった僕は、後から考えれば大分変なんだけど、焦っていたんだと思う。
だって、芦川が急に遠くなった気がしたんだ。


その晩、二人コタツを囲みながら、親が出て行くのを見計らって僕は訊いた。芦川、キスしたってほんと?
相手は一瞬、面食らったように瞬きをして、ぽかんと僕を見る。そのあと、ああ、あれか、と思い出したような顔をして、あっさり認めた。

「したけど、それが何?」

表情も変えず淡々と返されて、意気込んでた僕は拍子抜けする。同時に何だかイラッときた。どうしてかわかんないけど、それでちょっと攻撃的な口調になった。

「その子のこと好きだったの?」

「は?いや、別に…」

芦川が更に困惑した顔になったが、僕は容赦せずたたみかける。

「そういうのってさ、好きな人とやるものじゃないの?」

「別に。人によるだろ。」

「芦川、エロい。」

「は?俺が何で?」

「よくないよ、そういうの。」

僕はこの年の男子にしては少しきまじめすぎたのかもしれない。
でも僕の父親は他の所に女の人を作って出て言ってしまった人だった。お母さんは泣いてた。

「好きでないのにエロいことばかりして、将来女の人を泣かせるようになったりしたらさ、よくないじゃん。」

先走った考え。自分でも何を言ってるんだろうって思ったけど、頬が熱くなって胸がドキドキした。
すると芦川は答えずに、無言でぎゅっと口を結んで、ぷいと横を向いた。
そして少し考え込むような瞳をした。







噂が広まってたから、いつか三谷にも、お節介に説教とかされるんだろうなって思ってた。この部屋に入った途端、あ、来る、面倒くさいなって思ったけど、適当にかわせばいいって考えてた。

でも、訊かれたら言葉につまった。自分でも驚いて、そして気づいた。
だいたい俺自身、アレが何だったのかわかってないんだ。
一体、自分に何が起きたのかが。



その日、俺は塾があって、夜の9時まで駅前にいた。他の奴より少し後まで残って、一人で出てきたらそいつはいた。待ち伏せされてたみたいでいい気分じゃなかった。
無言で歩き出しても、ついてくる。お前んちこっちなのか?と訊いても、笑ってごまかして答えない。自分の話してくる。ウザいから、途中から無視した。それでも話し続ける。

気持ち悪いと思いながらも生返事のまま歩いて、交差点の前に来た。俺は立ち止まる。

「あのさ、俺の家こっちだから。じゃあな。」

車道を挟んだ向かい側にはマンションが立ち並ぶ住宅街があり、左に曲がれば駅前の繁華街に続く道だった。
信号が青になった。そのときだ。ふと、歩き出そうとした俺の背に、声。

「あのさ、あたし転校するの。」

反射的に俺は振り返ってしまった。どうでもいいはずなのに。

「クソ親父が刑務所入っちゃってさ。だから引っ越すんだ。母親の田舎に転校。」

家路を急ぐサラリーマンが二、三人、俺を追い越して交差点を渡っていく。当然、俺たちの会話など気にも留めない。

「すっげえダサい街なんだよ。あり得ない。もう、詰んだ。」

「ふうん。」

「驚かないんだ?」

はは、と俺はそのときちょっと笑ったんだと思う。自分でもびっくりするくらい乾いた声が出た。

「別に。俺の親、人殺しだから。」

「…噂、ほんとだったんだ。」

相手はどこか嬉しそうに答えた。微妙な同族意識が入り交じった口調。
頭のどこかで、やられた、と声がした。
こいつ、だから俺につきまとってたわけだ。


そのあとは、何がどうしてそうなったのか。気づいたら俺は交差点を渡らずに、そいつと繁華街の方に歩き出していた。相変わらずそいつが延々と、自分の親父のやらかしたチンケな罪の話など一方的に話していただけだったのに。まるで魔法にかかったように俺はついてきてしまった。

ぴかぴかするネオンの看板の下、派手な色の変な髪型をした男たちが二、三人、ヒューと口笛を吹いて、横を通り過ぎていく。俺は必死で目をそらして見ないようにしたが、傍らの相手はまるで庭にいるように堂々としたもんだった。
そして笑顔で手を振ったあと、俺の方をのぞき込んでこんなことまで言う。

「今のやつら、絶対アンタのこと女子だと思ったよ。」
「まさか。」
「あいつら、ガキと女は見た目で区別つかないから。」

冗談だろうとは思ったが、でもそれを聞いて、俺はぞっとした。

誰だっけ?俺のこと母親似だって言ったヤツ。
ありがたくない。まるっきりありがたくない。

そして同時に気づく。
ガキと女はって、何でこいつはそんなこと知ったような言い方するんだ。

横にいるそいつは確かにガキで、かつ女だった。
冬なのにクソ短いスカートからは生足。
平板な顔、年に似合わない化粧。
手にははげかけたマニキュア。
ちぐはぐで、不釣り合いなのに、でも妙に風景に溶け込んで見えて、俺は急に恐ろしくなる。

(一体、俺は何をやってるんだ。)

猛烈に家に帰りたくなった。ここは俺のいるところじゃない。直感でそう感じた。

そのときだ。携帯が鳴り、俺は固まった。叔母だということは着信音ですぐわかった。
繁華街のパチンコ店の前、何となく出れなくて、三回くらい鳴って切れた。
だけど天の救いのように俺は何かから解放された気がした。

傍らにいるそいつの方に向き直る。
帰る、と言おうとした。

そしたらいきなり手をつながれたんだ。ひんやりした指。

「手つめたいね。」

自分も冷たい手をしてるくせに、相手は言った。俺は答えなかった。
ネオンが視界にうるさい。
そして、何よりロクに知らないこの女がうざい。冷えた指をつないではなさないのが、うざくてたまらない。
ふらふらと、ここまでついてきてしまった自分も信じられない。


だけどそのあと、キスしたんだ。建物の間の路地裏、蒼いポリバケツが並んで空き缶が転がってる、そんな風景の場所で。

しかもキスした後、そいつが言った。

あと五分だけ一緒にいて。手つないでて。

——そしたら、おうちに帰してあげるから。


お前は、と訊こうとしたけど言葉が出てこなかった。







「はい、もしもし。あれ、芦川?」

「え?うん。だいたい読み終わったよ。え、明日?いいよ。わかった。」

「僕?今テレビ見てた。…いや、母さんとクイズ番組。うん。まーね。」

「…あれ?芦川いま、どこにいるの?え、まだ外?あれ?今日って塾だっけ?」


別れてすぐ、歩きながら、何でだか三谷に電話した。
交差点を渡ってうちが見えてくるまで、五分くらいどうでもいい話して切った。

家に帰ったら絢がいて、叔母がいて、遅くまで何してたのと少し怒られた。全てが夢だったように感じた。

でも自分の部屋に入った途端、少しだけネオンが懐かしくなった。
冷たい指の感触を思い出した。
繁華街の方へとまた歩いていく、小さな後ろ姿が脳裏に浮かんだ。赤茶けた髪。細い首筋。


(あれから、どこに行ったんだろう。)

(…あのとき、どうして訊いてあげられなかったんだろう。)

(お前は家に帰らないのか、と。)


窓を開けて吸い込んだ冬の空気が冷たくて、胸の奥の方が凍えるように痛んだ。

その夜、知らない街を一人さすらう夢を見た。









「とにかく、よくないよ、そういうの。」

三谷が繰り返した。唇を突き出して、おもちゃのアヒルみたいなへの字口をする。まるきりガキだな、そう思い、でも心のどこかでホッとする。

こいつもそのうち誰かとキスしたりするのかな。

ふと俺は、三谷だったらどうしたんだろうなと考えた。

きっと、あんなふうに繁華街をうろつくような真似はしなかっただろう。
何も考えずに、うちにおいでよ、とかいいそうだ。
(…おばさんはちょっと驚くだろうけどな。)

「芦川はさ、どうして誰とでもキスとかするわけ?」

「くどいぞお前。誰とでもって……まだ一人としかしてねえし。」

「だって気になるじゃん。好きじゃないのに、しかもいきなりだしさー。何で?向こうに好きって言われたりしたから?」


何で?何でだろう。
考えながら、俺は、冷たい指先を思い出していた。
つないだ手。二人とも子どもで同じくらい冷えていて、温まってきやしなかった。
頼まれて触れた唇も、乾いて冷えていた。

だけど、顔が離れたとき、嬉しそうに笑ったんだ。手が離れるときも、微笑んでいた。またね。バイバイ。
俺も手を振った。多分、もう二度とこいつには会わないんだろうな、そう思いながら。

「…他に、やれるもんがなかった。」

微かにまた、痛み。俺はまだその感覚の名前を知らない。

「ん?どういうこと?」

面食らった三谷の声に、答えないで言う。

「三谷、手出して。」

「ん?何?はい。」

手のひらに指をそっと置いたら、三谷の手はあったかい。部屋の気温のせいもあるけど、それでも俺より温かい。

「お前体温高いよな。」

そうため息をついたときだ。きゅっと手を握られた。

「何、握ってんだよ。」

「だって芦川の手が冷たいから。」

屈託なく笑うから俺は居心地悪くなる。
自分のと違う体温が伝わってくるのもいたたまれなくなる。だから、

「ま、ガキは体温高いからな。」

心にもない悪態をついた。







芦川が女の子とキスした。
一足先に大人になった顔をして、遠い目をした。
何があったのか、話を聞いてもわからなくて、
だから胸の中がざわざわした。


手を握ったのは、わざとだ。

でもそれは秘密。
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