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鋼の錬金術師実写版の感想

鋼の錬金術師の実写版映画を見に行きました…。

役者さんは頑張っていたと思う。特に山田君は。あと、ロケしてとった背景や、汽車、一部の家屋などのセットはよかった。
真理くんと第5研究所も想像以上だった。ホムンクルス勢、ラストの演技は素敵でした。
エンヴィーも役者さんのウィッグ以外はとてもよかったし、エンドロールのクリオネは最高だったと思う。

ただ、本編を見終えたあと、なんとも言えない疲労感に包まれました。
まず、認知的な違和感のある画面をずっと観ていて疲れました。ロケもセットもなかなかよい(店の看板を除く)。役者さんの演技も(一部大げさに感じたけど)そう悪くありません。ただ、両者が悲劇的なほどマッチしていません。不協和音を頭の中で調整するのに精神力を使いました。
そして二つ目。あることに改めて気づいて、とても疲れました。
エンドロールにたくさんの名前が流れていきます。ロケ地のイタリアの方々の名前もあるけど、日本人の名前が多い。金があるんだな、と思いました。
アニメのエンドロールではあまりこういうことはありません。もう随分前から、経費節減と人手不足から、賃金の安い国に作業を外注することが行われているからです。動画などは8−9割近くが外国で描かれています。
実写映画は高い給料を取る日本人を沢山使い、やはり先進国である欧州系の人も沢山使っています。アニメではよく東南アジア系の名前が並びます。
むろん、絵を描く人手が必要なアニメと、別の人手が必要な映画。単純な比較は難しいでしょう。
しかし、実際の制作費は、アニメの方が一桁くらい小さいことが多いです。そして歴史的な経緯から、日本のアニメが低予算で生産されてきたことは良く知られています。それに対して、映画は特に業界全体にそういう傾向があるわけではない。だから、構造の違いが露骨にエンドロールの人名に現れたといえるでしょう。
漫画やアニメを愛する人々が描いたすさまじい枚数の良質な絵で出来た作品よりも、生身のアイドルが出演して潤沢な予算で作られた映画にお金が流れる世界に、私たちは生きている。そういう現実を改めて突きつけられた気がしました。
何が言いたいのかというと、鋼の実写映画は徹頭徹尾ビジネスで、金が回るために最適化された構造の産物で、わかっていたつもりだったけど、見に行ったことで改めて思い知らされたな、ということです。
監督も役者さんたちも、その構造の中で最善は尽くしたでしょうが、残念ながら、観客にビジネスの匂いを露骨に意識させないレベルのクオリティではありませんでした。
だから、観客だった私には、作品を成り立たせている歪んだ構造が露骨に見えた気がして、何だかもうほんとうにうんざりしました。
どうやったらその構造を変えることが出来るのか、自分にはわからないし、多分、これからもこういうアニメの映画化は続くのでしょう。
ただ、とりあえず金を払って見た上で、「無理」をつきつけるのが自分の役割かなと思いました。
映画は続編を期待させる感じで終わっていますが、2があるとしても(そして高い確率でエンヴィーが重要な人物になるとしても)私は見に行かない気がします。
一度見てわかったから、こういう奇妙な集金マシーンにお金をつぎ込むことは自分としてはしたくない。
どうしても、そう思ってしまいました。
とりあえず、直後の反応としては、以上です。
なお、アニメの映画化や国際分業についてはこれらのリンクを参照しました。
http://raku-job.jp/news/companyrep/19194/
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%8B%E3%83%A1%E5%88%B6%E4%BD%9C%E3%81%AE%E5%9B%BD%E9%9A%9B%E5%88%86%E6%A5%AD%E5%8C%96
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