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中年の壁と二次創作

とんでもなく久しぶりにブログ更新です。二年も放置していた。なんということだ。

12月30日にコミケ(C91)に行きました。コミケ自体一年半ぶりでした。それで某ジャンルのとあるサークルさんのご本を買ったのですが、ふと作家さんをみたら、明らかに私より年上のマダムでいらっしゃった。輝いて見えました。ちなみにその方は超絶技巧かつ物語も作り込んだ漫画を描かれる方で、納得、という感じでもあった。
なお、プロの活動をしているのかどうかなど、そのあたりはよくわかりません。

むかし、萩尾望都氏のインタビューを読んでいたら、「20代の時はとにかく描きたいものを描くということで走ってきたけど、30代になったある日、書きためたネタ帳を見たら急に色あせて見えた。古くなっていた」という話が出ていて、戦慄したことがあります。丁度その頃、「出力がにぶってきたな」という感覚につきまとわれていたから。
大漫画家の一次創作と自分の二次創作を関係づけて考えるあたりからしておかしいし、私はそもそも30代近くなってから二次創作を始めたので、年齢的にはズレてるんですが、その頃から「創作の力に限界はあるのか」というテーマはどうしても気にかかっていました。

萩尾先生はご存じの通り、その時期を乗り切り、むしろ作家としては更なる成熟を遂げたわけです。そのためには20代の時、勢いのままに作っていたものを惜しげもなく棄てて、冷静に作家として描きたいものを見つめ直すような作業を行ったそうです(実は現在そのインタビューが手元にないんですが、確かそういう内容だったかと)。
逆に言えば、この作業が出来る人だけが作家として生き残っていくということなんでしょう。

もちろん、さっきも言ったように、二次創作と一次創作では、用意する内容の質も量も相当に違うので全くそのまま当てはめることはできないません。でも、30代から40代にかけて、二次創作をする人の数もがくっと減るという現実がある。

その主な理由は、仕事や家庭、もしくは両方でとても創作どころではなくなる人が多いということなのだろうし、自分も最近描(書)けてない理由の6割はそれだろうと思ってる。
ただ、時間があったとしても、スタイルを変えないことには満足のいくものが作れなくなってくる、そういう側面があるんじゃないかなという気がしています。なんか、感情の動きか、頭の働きか、何かが少しずつ変化している。それは悪く言えば老化、よく言えば成熟とでも言うべき何か。

自分の場合でいえば、間違いなく、感情は少し老いた、もしくは大人になってしまった。
色々なことがあって、よくも悪くも精神が安定してしまっている。これは、たとえば実務的なトラブルや人間関係への対応をするには大変プラスなんですが、好きにせよ嫌いにせよ「うわあああああああたまらないいいいいい」というような感情の爆発や、その発露としての創作、みたいな回路はやっぱ詰まったように思う。その辺、勢いが弱まってます。

もう一つは、いい意味では視野が広がり、悪い意味では視点が遠くなった。対象を見るカメラが引いてしまっているんです。通常営業だと、事物をロングで写してる。意識してようやく間近に寄る感じ。10年くらい前は、デフォルトで至近距離から詳細に、舐め尽くすように対象を見るような観察眼があった気がする。その代わり、遠景描写は無理でした。

この話題、古今東西あらゆる人が語ってきたことだろうから、長く書こうと思えば多分永遠に続けられるんですが、この辺で無理矢理まとめると、中年以降の創作は、理性と技術をうまく感情と組み合わすことが出来る人が強いのかなと思います。総合力といいますかね。
もちろん、そのためには若いうちに技術や経験を付けておく必要もあるんですけど。この日記の最初にふれた、マダムな作家さんはまさにそういう感じのする方でした。

そうでなければ、理性や技術の代わりになる他の動機を持っている人。たとえば仲間だとか、家族の誰かが二次創作を楽しみに待っていてくれるとか。人を喜ばせるために趣味で描く、という外発的な動機の方も、実はかなり残ってるなという印象があるのです。

もちろん、このどちらとも時間がなければどうにもならないわけですが。







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