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大通りをわたり小路地に入り、誘われるように角を曲がると見覚えのある風景が広がった。
何ヶ月ぶりだろう?ここに来るのは。
すっかり忘れたと思っていたけど、身体は覚えていた。
初夏の宵。スコールのような夕立の後の、湿った夜風が心地よい。PR -
ゴンキルってのはうそだろー(笑)
夜が、本当に深いんだ。
どこまで行っても終わりそうにない。
この国のやつらは俺みたいな外見したガキがおかしいくらい好きで、50メートルごとに話しかけてくる。振り払うのも面倒だから、薄く笑ってとりあえずかわす。
でもだんだん飽きて疲れてきて、ぼんやり見上げた先に黒い目、笑顔、刈りそろえた黒髪。
年あんま変わらない。外見悪くない。
この辺で、ついていってもいいかって思った。
惹かれたのは、ふと気配に漂った煙草の残り香。
普段は誰にでも外で吸えよなんて言うくせに、こういうときだけは別。
顔を埋めた首筋に口づけ目を閉じる。
夜が更に深くなる。
一瞬、ほの暗い闇、記憶の底、
誰かの顔が浮かんで消えた。
全てから遠い夜、お前が一生たどり着けないような場所で、今日もこうして生きてる。 -
「残酷な天使のテーゼ」のスペイン語版カバーをみつけた。タイトルは「La Premisa del despiadado Angel」(=残酷な天使の約束)。
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地味に二丁目デビューネタ。
どこがカヲル?という感じだし、そもそも男子でなくても全然かまわない気がしますがとりあえず元ネタはそこから出てきたから一応このカテゴリにしてみる。
初めてあの場所にいった夜の事を、今でもよく覚えている。
あの頃の自分はあの人の家で、まるで囲われるように住んでいて、もう何かが限界にさしかかっていた。
どうにも身動き出来なくなっていたんだ。保護者然としたあの人に食べさせてもらいながら抱かれる日々に絡めとられて。
だからある日バイト帰りの夜、手渡された給料を握りしめ、そのまま反対方向の電車に乗った。 -
二次創作やってて思いました。自分にとって扱いやすいのってやっぱ物知り系のキャラだなあって。物語の鍵を握ってたり、百科事典みたいな知識を疲労したり、みたいな。具体的なキャラでいうならハンタのキルアとか、庵野エヴァのカヲルとか。
逆にむずいのが天然系の、それもほどほどにものを「知らない」キャラ。例えばゴンとか、貞本エヴァのカヲルとか。 -
「カヲルくん、ごめん。待った?掃除当番長引いてさ。」
「いや、そうでもないよ。うちはHRがちょっと長かったから。」
学校の帰り道。いつも通り、下駄箱で彼と待ち合わせる。何となく友人。家が近いから部活の無い水曜日、よく一緒に帰る。ついでにいえば同じ部活、放課後音楽室で演奏なんかしたりもしてる。 -
夢をみた。
彼が居た。
どうして笑っているの、と訊いたら、
何も言わず僕の手をとり、キスした。
開かれた右の掌に、そっと微かに触れるくらいに。
そこに印が残れば良い。
一生消えないような。
(僕が生きれば君たちが滅びる。)
(君たちが生きれば、僕は消える。)
(そして君は…死すべき存在ではない。)
僕を好きだといって差し伸べた、
君の腕には見えない無数の傷跡がある。
(背負い難い生、重すぎる運命)
…何故だかそんな気がしてならない。
だから僕にも刻んで欲しい。
いつまでも君を、覚えていられるように。
そして痛みとともに、鮮やかに蘇る。
あの日の夕焼けにも似た橙の水面、
立ち尽くす異形となった僕の、
手から腕へとつたい流れた君の血、
世界のために流された朱。
僕を今も、君へと結びつける光景————— -
6月のパリ、終わらない夜。
今日は街中が活気づいていた。
風が微かに音楽を孕み、もう9時だというのに明るい空は陽光の名残をいつまでも残している。
「君は運がいいよ。シンジくん。今日はfête de la musiqueなんだ。」
「フェ…?」
「フェット・ド・ラ・ミュジーク。音楽祭…とでも訳すのかな。パリ中…いや、フランス全土のあちこちでコンサートをやっているんだよ。」
ふうん、といってシンジは、寝台の側に敷かれたマットの上に座り込んだまま視線を斜め下に落とした。すっきりとした目元の下に、時差の疲れが陰を落としている。日本からの飛行機で昨日着いたばかりだ。一日経ったとはいえ、彼の体内時計ではもう明け方。必死で眠気と戦っているのが一目瞭然だった。 -
本当は日記に載せようと思った文章なのですが、ジオログの文字容量を遥かに超えてしまったのでこちらにうpします。これから、ちょっとくどめの評論ぽい文章はこっちに上げていくようにしようかなとも思ったり…。
突然萌えあがり、妄想漬けになった脳みそで「カヲルというキャラの系譜」なるものを(ネット検索レベルで)探ってみました。
言っておけば、定説はありません。本人達がはっきりと明言してないみたいなんで。
名前の由来は庵野監督の公式HPおよびwikipediaにありますが。
また、当然インスピレーションの元は一つではないでしょう。今日はとりあえず、渚カヲルというキャラの原イメージを作ったとして候補に挙がっているものの一つ、「1999年の夏休み」(1988)という映画(あらすじはこちらのページ)関連で、系譜を辿ってみたいと思います。
まず、「1999年の夏休み」には
・舞台設定が湖の側(軽井沢辺り)、しかも季節は夏
・「薫」という転校生が出てくる
・薫と瓜二つの少年、悠が主人公の少年、和彦を好きになり、湖に身を投げて自殺している
・薫もやはり和彦を好きになる。
・台詞回しがとても舞台っぽい。耽美で文学的
・音楽室で和彦がバイオリンを、直人がチェロを、則夫がピアノを、それぞれ弾くなどというシーンがある(→24話ではないが、エヴァ映画映像)
という特徴があり、エヴァの第24話のイメージに重なります。(なお、この作品では少年達を全員少女が演じています)
ということで、これがカヲルというキャラのイメージに対する「直接のインスピレーション元」としての有力候補。
しかし、実はこの作品自体が更に別の作品のインスピレーションを受けています。
それが、萩尾望都の「トーマの心臓」。登場人物はほぼイメージが重なります。あらすじはこちら。
例えば、映画「薫」のモデルはエーリク・フリューリンク(栗毛)。そして、瓜二つの悠はトーマ・ヴェルナー(金髪)。そしてそのトーマに愛され、トーマにも似たエーリクとも対になる少年がユリスモール・バイハン(以下ユーリと呼びます)といいます。ちなみにユーリは黒髪です。
従って、もしも「1999年…」が第24話の直接のインスピレーション元であるならば、トーマの心臓はまあ、その一つ前というか、間接的なインスピレーション元ということになります。
そして、性格設定等を別にすれば、カヲルというキャラは薫と悠、またはエーリクとトーマを足して割ったような立ち位置ということになりますね。特に「トーマの心臓」の方はトーマの自殺が一種宗教的なまでの自己犠牲という要素を孕んでますので、カヲルの振る舞いと重なるところがないでもありません(動機は全く違いますが)。
…と、思っていたら、更に興味深い指摘をこちらのページで拝見しました。それによると、貞本エヴァの10巻、件のキスシーンはトーマの心臓にあった、エーリクとユーリのキスシーンを彷彿とさせるというのです。なるほど…!
シチュエーションは同じではないのですが、確かに類似性があります。というのも、トーマの心臓のエーリクには今でいえばパニック症候群(「神経症」と呼ばれている)の傾向があるのです。ちょうど貞版シンジの過呼吸症候群のように。
ただし、エーリクの場合はキスされるとパニックに陥って失神しかけるという(こう書くとギャグですが(笑)、実はこれ深刻なトラウマに起因してるのです)人なので、二人のキスシーンの経緯は少し異なりますが。というのもエーリク×ユーリの場合は、母親の死に動揺して我を忘れたエーリクを大人しくさせるため、ユーリ(黒髪)の方がからキスするんです。
貞さんがあの話を書くにあたって、萩尾望都をはじめとする24年組系列の漫画を読んでいてもおかしくありません(というか教養としてあらかじめ知っていて当然ではあるので、ここは描くにあたって「改めて読む」くらいの意味です)。
となると「トーマの心臓」は二重の意味で渚カヲルというキャラの造形に影響を与えていると考えてもいいのかもしれません。恐るべし24年組。
なお、蛇足ですが、「1999年の夏休み」にインスピレーションを得てsummer holiday 1999という歌を作ったmomusというスコットランド出身の歌手がいます。歌詞は「禁じられた愛」「死への衝動」など、物語を彷彿とさせます。ただし舞台は北海道なのですが。
「インスピレーション元=親」という比喩が許されるとすれば、この歌はエヴァの渚カヲルといわば兄弟のような関係にあたる存在かもしれません。または、トーマの心臓の直系の孫にもあたりますね(笑)歌詞はこちらのリンクでご覧になれます。
【追記】
「トーマの心臓」自体はフランス映画、Les amitiés particulières(邦題「哀しみの天使」1963)に影響されてるという説があるそうです。なお、同映画は更に20年前に書かれたRoger Peyrefitt作、Les Amitiés particulières (1944)という同タイトルの小説に基づいています。R. Peyrefitt(1907-2000)は同性愛者…というよりも、少年愛者だったようです…。「子羊は好きだけど羊はダメ」だったんだって。うーん。 -
身を分け与える
何のために?
誰のために?
今日も夜が来てまた明日陽が昇る
限りある人生の中で何をする?
失うものは何?
得るものは何?
わからない
だから問い続けてきた
答えはまだ見つからないけど、
ひとつだけ確かなことがある
それは消せない想い
僕は世界を知りたいんだ
この身体で