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空と海のあいだ

需要なんてあるのか?な加持×貞カヲです。設定としては、アスカ来日前、ドイツの研究所で育成中の貞カヲと接触した加持…みたいな感じで。



僕のいたのはドイツという場所だった。
だけど今日、飛行機に乗って遠くへと飛び立つ。
僕の決めた事じゃない。人間達が勝手に用意してくれた。

飛行機の中ではやることがないから、僕はさっさと退屈して起きたり眠ったりしていた。
すると不思議なもんで、これまで忘れていたことを思い出したりするのだった。
例えば、あの日本人。リョウジという人間のこと。


あれはいつのことだっけ?
一緒に研究所近くの森を散歩していて、木立の隅でまだ新しい野良猫の死骸を見つけた。
通り過ぎようとしたら、彼が立ち止まってしゃがみ込んだんだ。

僕は何が珍しいのさと日本語で訊いた。彼のおかげで大分話せるようになっていた。
するとしばらくの間があき、奇妙な答えが帰ってきた。
猫は死に場所を人に見せないというがこいつは車に轢かれたみたいだな。

僕が黙っていると、彼はまたつぶやいた。それでも群れの中では死なないんだな。
そのままじっと見ているのだった。
僕は少し焦れて、一人で死ぬのは人間だって同じ事でしょうと言った。

リョウジは軍人で、人間だって殺したことがある。
僕は知っていた。
だから猫の死体なんかに立ち止まるのは変だと思った。
(僕にとってはその猫も人間も同じようなもんだけど。)

リョウジは特に気にしたふうもなく、そうだな、とのんびりした声で答えた。
確かに人も究極的には一人だ。いかに周囲に友人知人がいても死の間際の苦しみを分かち合う訳じゃない。
半ば独り言のような調子だった。だが次の瞬間、立ち上がり僕の目を見てこう続けたのだった。

だが、人は孤独を忘れようとする。そうしないと生きていけないと感じる。より頻繁に群れて寄り添い繋がろうとするだろう。死の恐怖の前には…とりわけそうだ。その意味で猫よりも少し孤独には弱い。

それって、ヒトは猫より下等な生き物だってこと?
僕が訝しがると、そういう問題じゃないと彼は笑った。

カヲル、例えば君はピアノを弾く。何故だい?

何故って…気持ちいいからだよ。

どうして気持ちがよいと思う?

……さあ。

音楽と心がひとつになったように感じる瞬間があるからだとは思わないかい?
その瞬間、君は孤独を忘れているんだ。

………ひとつになっているから?

音楽と解け合っているし、同じ音楽を聴いている人とも何かを分かち合うだろう。…ああいう類の美しい錯覚を殊更に愛する種なんだ。人間というものは。

僕はふうん、と言ってはみたが、本当はちっともわかってなかった。


美しい錯覚、とオウム返しに口の中でつぶやいてみる。そっぽを向いて空をあおいだとたん、お日様が眩しくて両目の奥が痛んだ。

寝不足のせいだ。研究所では夜12時には寝なきゃいけないのに。


その前の晩、僕はリョウジと「あれ」をしていた。
(正確な名前をまだ教えてもらってないんだ。僕が他の人に喋らないように、内緒にするためにだって。)

他にも何人か同じようなことをしたがる人間はいて、彼は単にその一人だったのだ。


おかしいんだよ。
大きな大人が僕をのぞき込んで名前を繰り返す。
カヲル。カヲル。
バカの一つ覚えみたいに。

時折、唇を僕の唇に重ねもした。
これは何?何故こうするの。
確かに、どうしてなんだろうな、彼は笑った。


人間は不可解な生きものだった。


だけど繋がった場所から、熱い感じが伝わってきて、彼の体温が高かった。近くに感じていた。 
気持ちがよかった。
他の全てが奇妙で曖昧でも、それだけは確かだった。


ねえリョウジ、気持ちよかった?


……これも、君の言う「美しい錯覚」と同じものだったのかな。


答えはない。
誰も知らない。


だって彼はもういないんだ。
日本に行って、帰ってこなかった。

理由は簡単。
バカだったんだ。
よせばいいのに老人達に刃向かった。

あの日の猫よりも完璧なやり方で死体も残さず消えた。
きっと友達も知り合いも、誰も居ない場所で知る人も無い中死んだ。


最後に一人でどう思ったのかな?


暗い機内で、ぼんやりと考えてみたけどわかるはずもなかった。





諦めて霜に覆われた小さい窓の外をのぞくと空と海だけがみえる。
なぜだか無性に第九を弾きたくなった。
日本に着いたらピアノを探そう、僕は思った。

時間はあるはずだから。
最後のステージの幕が開く、その前に。



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