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Age 27

全くの思いつき、天から降ってきた妄想のままに書いてしまった亘、美鶴、宮原27歳の春の話(笑)。宮原くんは晴れて天文学博士、亘と美鶴は二人で…という話。過去のどこかでミヤミツを経た後のワタミツです。みんな大人のくせにエロはないと思う。勇気のある方だけどうぞ…
1.

その連名の年賀状が届いたのは、俺が博士論文を提出した矢先の正月だった。

最初に見慣れない地名が目に入った。京都だった。
あれ?と思った次の瞬間、三谷の名前に気づき、次にそのとなりの名前が視界に飛び込んできた。芦川美鶴。

ごく普通の新年の挨拶ついでに、引っ越しのお知らせを兼ねた葉書だった。二人は古い京都の家屋を借りて住んでいるらしい。いわゆる町屋ってやつだ。近況報告が簡単に書いてあって、元気?京都に寄ることがあったら是非来てね、と明らかに三谷らしい筆跡の丸い文字が踊っていた。

普通なら、ちょっと不思議に感じた後で、友だち同士で家をシェアなんてまるで学生みたいなことするなとか、微笑ましいなと思うところだろう。
だけどそれを見た瞬間、俺は直感的に何かを理解してしまった。

それが他でもない芦川美鶴の名前だったからだ。



その頃俺は悩んでいた。内定の決まった国内企業の就職を受けるべきか、それとも海外へと旅立つべきか。

幸い周囲に評価されていた俺は、運良く二つの可能性を手にしていた。一つがそこそこ名の知れた企業の付設研究所での研究職。場所は東京で、大学院で学んだことをかなりの程度生かせる安定した就職口だった。博士には就職の厳しいこのご時世、若くして運が良いとすら言われた。
もう一つが純粋な研究の道だ。こっちはちゃんとした職ではなかった。アメリカの名門大学で三年だけの任期付きで雇われる研究員のポスト。任期制なのはそれがポストドクター、つまり博士号のあとの見習い研修期間みたいな地位だからだ。当然、三年経ったら契約が切れて無給になるため、その後の仕事も探さなければならずそれまで地位も安定しない。しかも成果を出せなかったらこのご時世、就職難が待っていることは間違いなかった。
つまり、リスクを覚悟で世界の最先端をいく研究に飛び込むか、第一線は離れるが申し分のない給与を手に入れるかの選択だった。

実は、そのアメリカのポストを受けたことは家族、そして彼女には黙っていた。任期制とはいえ国際的な名門大学なのでそちらの方が競争は激しく、まさか俺の条件で通るとは思っていなかったのだ。


そして俺は悩みに悩んで……なんと就職を蹴ってしまった。



家族は、まあ仕方ない、お前の人生だから好きにしろと特に意見しなかった。さすがに27にもなった男の言うことだし、そもそもこれまでだって、博士課程に入ってからは大学から奨学金をもらい経済的には実家から自立していたので、文句も出なかったのだろう。だが彼女は違った。もともと同じ大学で、学部四年をでてすぐに社会人になっていた彼女からすれば、これでやっと落ち着いて二人の生活を考えられると思っていた矢先だったのだから。

彼女はどちらかというとバリバリのキャリア系で、結婚願望は全然強い方ではなかった。それでも、延々と学生をやっていた彼氏がようやく一人前になるかと思ったら事前の相談もろくにないままアメリカにいくと言い出したのには参ったらしい。やってられないと思うのも無理ない。しかも、三年の任期制でその後どうなるかわからないときた。俺も自分はだいぶひどいと思った。

だけど……アメリカに行きたくなってしまったんだな。
子供の頃から憧れていた大学だった。会いたい人がいた。この目で確かめたいものがあった。
全てをいったん白紙にしても、投げ打ってでも。

彼女と同じ夢を見れない自分に気づいてしまった。

話し合った末、五年以上に及んだつきあいにピリオドを打った。




こうして清々しく何もなくなった三月のある日のことだ。
ふと思い立ち、俺は京都に行こうと思った。三年の任期でまた帰ってくるとはいえ、アメリカに行く前に懐かしい友だちの顔を見ておきたくなったのだ。



友達…ともだち、それにしてもなんて曖昧な言葉だろう。
確かに、芦川美鶴と俺は小学校の頃から友人だった。三谷亘だって、そうだ。
周りにはそう見えていただろうし、俺もそう思っていた。

だけど芦川は一時期、ほんの短い間だけど俺にとってただの友人ではなかったことがあった。
あのときの関係を何と呼べばいいのか、俺には今でも言葉が見付からない。

いずれにせよ表現を与えられないままそれは始まり、しばらく続いたが、ある日そもそもの友情すら危うくなるような喧嘩をして、とうとう名付けられないままに終わった。

その間ずっと親しくしてた三谷は多分気づいてなかった。少なくとも俺は誰にも話したことは無い。
まあ、その後芦川が昔話として喋ってるかもしれないが。



年賀状に書いてあった共用アドレスらしいメアドに連絡したら、すぐに返事が来た。
博士課程に入ってから忙しくて三年近く殆ど連絡を取っていなかったから、どういうリアクションになるかと少し心配したが杞憂だった。
数年のブランクをものともしない気さくな、いや、まるで高校時代から時が経ってすらいないような錯覚を起こさせる文面。三谷は変わっていなかった。


三月も終わろうとするある日、東京を後にした。
七分咲きの桜が咲き乱れる午後だった。




続く



またよくわからない話を作ってしまいましたが、京都で町屋でワタミツが、というのは某Tさんの日記からいただいた妄想です…。
もともと、私が「ワタミツ京都旅行」という萌えネタを漠然と妄想していたら、Tさんが「二人の将来こういうのどうでしょ?」とすっごいディテールも含めた夢の萌え世界を展開してくださったのでした…!
細部はその方が物語化してくださるということにして、設定だけ今回はお借りする感じになっています。なお、二人の連名で年賀状が送られてくるというのは私の妄想ですw

+追記
読んだ方がおられたかは知りませんが…
年齢についてすこしだけ説明。
いきなり何故27歳?って年取りすぎだろ!という声が聞こえてきそう(というか、来るくらい読者様がおられたら幸せすぎ)です。
えー、この設定は、飛び級とか留年とかなしに、理系で博士号取ったらこうなるな、という年齢です。
大学(学部)4年+大学院修士課程2年+大学院博士課程3年=9年
で、大学入学の時18-19歳なわけですから、単純計算して27-28歳。



しかし、余り考えずに決めてしまったけど、優秀な宮原だから一、二年飛び級してるって設定でもっと若くしても良かったかも…理系は最近飛び級ありますからね。

まあ、ワタミツのこの後の設定があるので27歳でもいいっちゃいいんですが。



なお、何となく天文学をイメージしてるのは星読みのシン・スンシを意識してます。



性格がうまく似ないけど…orz


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